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置いてけぼり

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小旅行で訪れた避暑地の、何もない駅前をさ迷っていた。マイナーな湖があるほか、下調べもしてこなかったために、どこへ行っていいのか分からなかった。現地の人に観光スポットを尋ねようにも、平日の昼間とあって人もまばらだ。総じて不機嫌そうな顔をし、足早に通りすぎていく。仕方なしに、駅前の道をとぼとぼと歩き始めた。
 過ぎる風景。古民家。新築の家。開いているんだか閉めているんだかわからない、個人商店。空き缶。遠くに聞こえる、子どもの声、トンビの鳴き声。蝉たちの騒ぐ声。歩くペースに合わせて、風景と夏の音は過ぎた。いつの間にかアスファルトには傾斜がつき、だんだんときつい上り坂になり、いつの間にか周囲には民家もなくなっていた。トンビと蝉の鳴き声だけが近づく。汗が吹き出た。
 それでも歩いた。使命感のようなものからかもしれない。疲れるまで歩いてみよう、と思った。決断を待つようにして、しばらく歩いたところに小さな神社が見えた。正直なところ、今すぐにでも座り込みたかった。できることなら水を浴びるほど飲みたい。しかしせめて大きな石でもあることを思い、祈るような気持ちで神社へ入った。
 一陣の風が吹いた。……驚いた。風にではない。眼前の光景にだった。白いTシャツに身を包み、ジャケットを片手に携えた、高校生ほどの男の子が佇んでいた。自然に包まれた神社に、その少年が当てはめられたことで、完璧な景色ができているように感じた。言葉を失った。
「……なに」
 風に乱された頭髪を整えて、少年はこちらを見据えた。瞳が放った矢に射抜かれるようにして、僕はその場に直った。
「いや、なんだ、あんまりきれいで」
 はっとした。これじゃあ丸出しじゃないか。いや、美しいと形容しなかっただけ、ましか? 少年のようすを窺った。気味悪がるふうではなかった。ただ、驚いたようではあった。大きな眼を先程までより少しだけ広く、空気に晒していた。
「あんた、ゲイ?」
 早い。若者の嗅覚というものなのだろうか。しかもご名答です。そして正確にはバイです。ややゲイ寄りの。
「なんでそう思うの」
 否定も肯定もせず、反応を待った。一縷の望み、つまり……やましい気持ちがなかったと言えば、嘘になる。
「直感」
 自らの額を人差し指でトントンと叩き、ふっと笑った。そよ風が頬を撫ぜ、少年の柔らかそうな毛髪をまた乱した。(……あ)
「もしかして、」
 次の言葉を発する前に、少年は振り返り、こちらに歩んだ。身体が密着する直前で、少年はやっと静止した。整った目鼻立ちが、はっきり視覚に訴える。大人げない心音が彼に聞こえてしまいそうで、息を潜めた。彼はその大きな眼で、こちらを見詰めた。眩しい。木漏れ日が照らす頬は、産毛が乱反射していた。
 少年は、僕のこめかみに触れた。そのまま、そこを流れる汗に口づけた。吐息は熱い。また目を合わせた。近い。彼の後頭部を支えて、ゆっくりとキスをした。彼も応えた。そのまま人影がないのをいいことに、僕たちは神社の木陰で野外セックスをした。何もかも、不道徳だった。その不道徳さがスパイスになって、頭のどこかで小説家っぽいなあ、三島だ、三島と盛り上がっていた。彼には申し訳ない。もちろん、三島にも申し訳ない。

 彼とは、そのまま滞在日程の全てを共に過ごした。毎夜枕を交わした。話すうち、彼という人の正体がだんだんに明らかとなった。高校二年生。十七歳。(もちろんいけないことをしたという自覚はある。だから、ここにいる間は僕たちの続柄は兄弟ということになった)夏休みを利用して、自分のバイクでここまで来たのだそうだ。大したものである。彼もまたバイセクシュアルで、付き合っている彼女もいるのだという。では、なぜ僕とこういった行為に及んだのかは詮索しないでおいた。僕もこういうときがあったからだ。自分が分からなくなって、軌道修正がきかなくなって、そのまま枠からはみ出してしまおう、どこかへ抜けだしてしまおうという不安定さが。
 ひとしきりお互いの身の上話をした。心は重なり始めていたが、別れはあっさりしていた。お互いの居住地も電話番号も訊かず、彼は「じゃあ」と言い、僕は「ああ、じゃあね」と手を少し挙げた。彼は駅近くの駐輪場に停めたバイクを取りに向かい、僕はあと十五分で着く鈍行電車を待つためにホームへ向かった。それっきり。


 それっきり、のはずだった。
 喜翠荘に無銭で泊まり込みを続けて一月半が過ぎたころ、早朝のことだ。寝間着のまま一階廊下をふらふらしていると、既に厨房は忙しない活動を開始してるようだった。今日の朝食は何かなと鼻をきかせてみようと厨房の近くまでそろりと歩いた。すると、大きな発泡スチロール(おそらくは魚がいっぱいに詰まっている)を抱えて長身の青年が早足で通用口から入ってきて、厨房へ入っていった。息を呑んだ。
 あまりに、あまりに似ていたのだ。夏に会ったあの少年と。あれは何年前のことだったか。五六年前? 彼が十七歳であったから、現在二十三やそこらのはずである。また彼が厨房から出てきた。僕は意図せず身を隠していた。そして、柱の陰からまた通用口から入ってくる彼の顔をしっかり確認しようと覗いた。今度は、大根を数本抱えて入ってきた。見る。……やはり、似ていた。
 自室に戻りながら、伸びた無精髭を摩った。仲居に訊いてみようか。彼の名を。しかし、訊いてその彼の名だったらどうするのか。口角を上げて「やあ久しぶり。あのときアオカンした子だよね?」とでも言うのか。馬鹿らしい。
 徹。記憶の中の彼を口内で呼ぶが、彼は振り向かない。
作品名:置いてけぼり 作家名:瀧井