頭痛と微睡
人とかかわる仕事をしていると、時たま頭の痛くなる顧客に出会うときがある。
大抵の場合、臨也はそういう人間がいるのだ、という風に人を愛することができるのだが、
今回の様に、いらつきが重なるとそうもいかないのが人の生理現象らしい。
「ありえない・・・」
臨也はそう呟きながらデスクに片肘をついて頭を押さえた。
久しぶりにプライベート用の携帯を開いてみれば、
帝人からの着信メールがずらりと並んでいた。
ずきずきと痛む頭に比例して眩暈もしてくる。
馬鹿な顧客のせいで4徹した挙句に、帝人からのメールに気が付かなかった自分。
呆れを通り越して自分自身に笑いが漏れる。
帝人のためならいくらだって数百万を払う顧客など捨ててやったというのに。
「あー・・・もう馬鹿過ぎて俺立ち直れない頭痛いくっそ最悪」
ブツブツ呟きながら携帯に届いていたメールを開いていけば、自分を気遣う内容ばかり。
帝人の優しさに、痛む頭が和らいでいく気がした。
「・・・返信、打たないと・・・」
臨也はそう思いながら、全く動かない思考回路にまた頭を痛ませた。
どういう内容を打てばいいのかさえ思いつかない。
自分はもっとのらりくらりと文章を考えられる人間だと思っていたのに、
いかせん4徹もしたものだからいつもなら働く明晰も機能停止しているのだろう。
「やば・・・頭痛いしか思いつかない」
から笑いをもらしながら携帯のボタンを押しては、クリアを押す。
その繰り返しにいい加減疲れてきた。
「うん、そうだ。寝よう。寝てしまえばいいんだよね。うん、もう俺馬鹿」
臨也は己で何を言っているのかさえあやふやになりながら、
オフィスから自分の寝室へと足を延ばした。
意識がふと、浮上したとき誰かが自分の髪を触っていることに気が付く。
平生の臨也なら他人が寝室に入ってきたときに気が付くはずだが、
体が疲れ切っていたのだろう。全く他人の気配に気が付かなかった。
一瞬、飛び起きようかと思ったが、香ってくる落ち着く香りに臨也は体から力を抜いた。
(帝人君だ・・・)
人にはその人特有の香りがある。今自分の髪を優しく梳いてくれている人から香る香りは、
いつも臨也が堪能している愛おしい子供の香り。
「臨也さん・・・お疲れ様です・・・」
いつもより小声で、控えめに告げられたねぎらいの言葉。
重たかった頭がふわりと軽くなった気がした。
「あんまり無理、しないでくださいね・・・・」
次の言葉は、先ほどよりもとても近くで囁かれた。吐息が髪にかかり少しくすぐったい。
臨也は眠っているのがとても惜しい気がして、体を起こそうとしたが、
頭は起きているに、体はいまだ眠りについている。
(帝人君・・・帝人・・・)
優しく頭を撫でられ、臨也はだんだんと思考さえ微睡の中に入っていくのを感じだ。
「今日はどうか・・・ゆっくり寝てください」
優しく甘く囁かれた帝人の言葉に、臨也はとうとうその思考を手放す。
(起きたらすぐに・・・君に会いに行くよ・・・いっぱいいっぱい抱きしめるから・・・)