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【Balancer】

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「あかん!死んでしまうって!」
「死にませんて」

 午前中の涼しい風が吹きぬける校舎の一角で悲鳴のような声があがる。何事かと振り返る者もいるが、一瞥しては「ああ、またか」と納得する者がほとんどであった。
 今日の体育が花壇の整備だなんて聞いとらん!と志摩はすでに赤くなった眼で子猫丸に訴えた。しかし子猫丸からしてみれば、そんなに訴えられたところでどうしようもない。正直何も出来ないのだが、幼馴染の志摩のことをこのまま放っておくことも出来ず(今はあくまで授業中なのだから)、ひとまずは志摩を説得することにした。

「花壇にいるような虫触っただけで死ぬなんて、そんなん聞いたことあらへん」
「そりゃ子猫さんが聞いたことないだけやろ?絶対いてはるて!死ぬ!」
「普通に考えていてませんて」
「じゃあ俺が記念すべき第一号やわ……」
「志摩さん……」

 やはり説得は不可能であったと子猫丸は眉を下げた。志摩の虫嫌いは筋金入りである。絵に描いた虫にすら拒否反応が起こるレベルなのだ。そのうち虫嫌いの権威にまで到達するのではないか。子猫丸がそんなことを考えていると花壇の方から、彼らが「坊」と呼んで慕う勝呂の声が聞こえてきた。

「お前ら何サボっとるんや!早よこっちて手伝わんか!」
「ほら志摩さん、坊も呼んではりますよぉ」
「せやかて俺は無理やって」
「子猫丸!志摩ぁ!」
「……じゃあ僕は行きますんで」

 一緒にサボり認定されては堪らないと子猫丸が立ち上がると、もはや動く気すらないらしい志摩がコンクリートの上で胡坐をかきながらへにゃりと笑った。

「おう。子猫さん気ぃつけてな」
「だから大丈夫やって。まったく、志摩さんはほんま虫だけはあきまへんな」
「へへへ、堪忍堪忍」

 作業をしなくていいとなった途端元気になった筋金入りの虫嫌いを残して、子猫丸は勝呂の待つ花壇まで走っていった。

「坊、すんません」
「おー、志摩は?」
「志摩さんは虫があかんから見学らしいですわ」
「なんやそれ、たるんどるんとちゃうか」

 勝呂も志摩の虫嫌いっぷりは理解している。しかし授業をサボることに関しては納得がいかないのだ。はっきりと皺のよった額を見てこりゃあかんわと子猫丸が仲介に入る。

「まあまあ、志摩さんなんかほんまに顔色悪うなっとったし。花壇の整備なんて僕たちふたりで出来ますやろ」
「まあ、せやけどなぁ……」
「志摩さんには後で何か奢ってもらいましょ」

 子猫丸の言葉に勝呂はまだ不服そうな顔をしながらも頷いた。ひとまずはこれで落ち着いたかとこっそり溜息をついた子猫丸が志摩の方を見ると、志摩は見学どころかぼんやりと向こうの校舎の方を見上げている。たしかあっちには女子更衣室が……ほんま志摩さんはあかんわ。
 志摩は筋金入りの虫嫌いでもあるが、筋金入りの助平でもある。こちらに関してはもう権威に到達しているかもしれない。なんせ小学校ですでにエロ魔神だったのだ。子猫丸は頭の奥の方がじんわりと痛くなるのを感じながら、すでに作業を再開した坊に向かってもう一度口を開いた。

「坊、今日の昼食は学食行きませんか?」
「へ?でもここの学食むっちゃ高いで」
「知っとります。そこは志摩さんの奢りで」
「ああ、なるほどな」

 ちょっとは懲りたらええんとちゃう?
 子猫丸は草を抜きながら苦笑した。
作品名:【Balancer】 作家名:ヤドカリ