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Sweet sweet nightmare. (セバシエ)

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「ッ!!」

がばりと勢いよく跳ね起きた眼前は、月明かりで青白く照らされた見慣れる寝室の風景だった。

「ハ、ぁ……。ゆめ、か……」

悪夢のせいで荒くなった呼吸を整えようと深呼吸しながら、冷汗の滲んだ掌で掛布をぎゅっと握り締める。先程の夢の残骸が目を瞑るたび目裏でちらついて、ガンガンと痛む頭を押さえるが、なかなか消えてくれない。

「……クソ」

「おやおや、言葉遣いが悪いですよ、坊ちゃん」

「――ッ!」

思わずついた悪態への突然の返答に驚いて顔を上げれば、嘘くさい笑みを張りつかせた黒執事がいつの間にか入り口に立っていた。悠々とこちらに歩いてくる姿すらも暗闇に溶けそうで、その中で唯一あの紅眼が爛爛と浮かんでいる。呑まれそうだ。

「……セバスチャン」

「どうなさいました? 汗をかかれていますね。……悪い夢でも見ましたか?」

悪魔の体温のない手が額に触れ無機質だと感じるが、今はそれが心地いい。

「……構うな。もう平気だ」

いつもならそんな手は振り払うところだが、……なぜか今はこのままでいい気がした。
構うなとは言ったが手を振り払う様子がないのを少なからず驚いた様子で見てから、あの忌々しい笑みを浮かべたセバスチャンは、失礼します、と声を掛けて寝台の横に腰掛けて、もう片方の手も伸ばすとそのまま頬を挟んでくる。

「悪夢を追い払って差し上げましょうか?」

紅い瞳が間近で囁く。鼻が触れ合いそうな距離なのに、振り払おうにもなぜか身体が動かない。何か魔力が働いているのだろうか。……この瞳ならばもしくは、悪夢を払うなど容易くかなうのではないか。そんな馬鹿げた事まで考えてしまうのもきっと、まだ先程の悪夢の残骸に脳が冒されているからに違いない。

「悪魔こそが、その悪夢を見せるんじゃないのか?」

厭味のつもりだった。この吐息のかかる距離から逃げ出せない仕返しに、その双眸を睨みつけながら言ってやる。
それなのに、この何処までも食えない悪魔は、にこりと微笑んで言い切った。

「私のほうが、強いですから」

「は?……なん、」

唐突な答えの意味が分からず、何の事だ、と訊く前に、質問を遮るように頬にかけられていた片側の親指が唇を押さえる。

「悪夢をみせるだけの悪魔などより、私のほうが断然強い」

悪魔で執事ですから、とにっこり気色悪い笑みを浮かべた当の執事は、僕の質問など予想がつくとでもいいたいのだろう。癪だ。
しかしその苛立ちを気にとめた風もなく、触れていた親指がスッと唇を撫でる。

「私の悪夢を、ご覧になりますか?」

囁き、その深紅に引きずり込むように見つめられると、なぜか部屋の酸素が薄くなったように感じた。
ふざけるな、そう言ってやりたかったが、感じているのは悪夢に怯え切った脳が、悪魔の甘美な誘いに陥落しかけている感覚。
せめてもの反抗に、ありったけの強さで睨みつける。

「結局悪夢なら変わらないだろう、馬鹿者」

「……まさか。私の悪夢は、貴方のための悪夢、甘美なものでしかありませんよ」

マイ・ロード。
そう砂糖菓子よりも甘ったるく告げられた言葉に、酸素も足りず、ぐらぐらと頭痛に苛まれる脳はついに陥落することを決めたらしい。
僕の意思など構うことなく一呼吸置いてから、いいだろう、と呟いた。
……もう言ってしまっては後の祭り、どうせどちらにしたって悪夢なのだ。この軽薄で従順な僕専属の悪魔が見せる、甘美な悪夢とやらを見せてもらおうではないか。

「フン。しくじるなよ、セバスチャン」

薄く微笑む顎を右手で捉えて、挑発するよう、唇が触れないギリギリの距離で放つ。

「もちろんです、坊ちゃん」

そうしてさらに笑みを深めた悪魔に、甘い甘い、契約による命令を。

「命令だ、セバスチャン。その甘美な悪夢とやら、みせてみろ」

「……イエス、マイ・ロード」

そう紡いだセバスチャンの唇にふさがれた僕のそれから、なにかが流れ込んできて、一体何かはわからないが、もうこの強烈に襲ってくる眠気で視界は、フェード・アウト。

もちろん堕ちる先は、甘美な悪夢だ。















後日談。





「おはようございます、坊ちゃん。今朝のモーニングティーは、アールグレイとハチミ……」

「おい、セバスチャン」

「はい、なんでしょう?」

「……おまえ、昨晩のあれ、他にやり方はなかったのか」

「おやおや、お気に召しませんでしたか?」

「誰が気に入るか! なにが楽しくてお前とキスなどしなければならない!」

「これはひどい言い草ですね。……まあでも、あれが一番確実な方法でしたので」

「……チっ」

「夢のほうはいかがでしたか?」

「……あれもひどい悪夢だった。その前にみたやつと優劣つけがたい出来だったぞ」

「それはなによりでした」

「褒めていない!午前中は使用人どものどうしようもない失敗に奔走させられ、午後はエリザベスが乗り込んできてドレスにフリルに人形に……。夕方はあのくそったれの貴族共と食事会で散々厭味を言われて…まあこれは倍にして返してやったが……、夜はお前と……お前と……っああ!思い出すだけで悪夢だ」

「おや、最後の私とのこと、詳しく聞かせてください。気になりますねえ」

「絶対に言うものか! お前も知らないほうが身のためだ」

「そうですか? それは残念です」

「とにかく、もうお前の悪夢は懲り懲りだ」

(誰が言えるか! セバスチャンとあんな……気色の悪い夜を過ごしたなどと!)

(坊ちゃん、わりと感じてらしたのですが……これは言わないでおきましょう。フフ)





end.