世界の果てで見る夢に
ふんわりと柔らかく積もった銀色の結晶を、手のひらで掬っては落とす。
こうしてぼんやりとしている間にも、途切れる事なく空から舞い降りる雪は、自分の頭や肩にも積もり始めていたけれど、それはそれでなんだか楽しい。
戦争が残した痕が色濃く残る、半分瓦礫で埋まったままの街。武力衝突が終ったとはいえ、この街に暮らす人々の戦いは、きっとこれから。
それでも、何処から見つけて来たのか原型を留めた建物のそこかしこに、ささやかなイルミネーションが灯っている。日付が変われば、クリスマスだ。
溜息をつくと、白く凍りついた吐息がふわりと広がって消えていく。見上げた空は低く灰色で、真っ暗だった。街の明かりが届かないほど、高い空。月も星もなく、ただ白い欠片を落とす雲が一面に広がっていて。明かりの灯る事のない廃墟に積もる雪は、荒廃した大地に何処か神秘的な幻想すら抱かせるほど、静かで綺麗だった。
「…おい、風邪ひくぞ?」
呆れたような声と共に、何処から出したのか暖かそうな色をしたマフラーが後ろから降って来た。
「…大丈夫だよ。」
そう言って笑みを浮かべて振り返ると、片手に紙袋を抱えた声の主が溜息をついた。
「お前ね…屋根の下にいろって言ったのに。」
そう言いながら、片手で器用にキラの肩や頭に積もった雪を払い、マフラーを巻いた。そうしていつものように困ったように笑う。
肩越しに、出てきたばかりの店から沢山の笑い声が聞こえた。この街の人達は前夜祭の真っ最中なのだろう、通りに沿って軒を並べる店からは明かりと笑い声が零れていて、平和になったんだな、と自然に頬が緩む。
戦争に加担していたから、尚更。
地球に降りたのは、公式行事に出るためだった。たった一人の姉に拝み倒されて、結局折れた。そうして、それになぜか一緒について来た人。正式に招待されていると言っていたから、多分仕事なのだろう。彼の父親が、プラントの医療関係を掌握しているから。
未だひとりで行動する事が制限されていたキラにとって、例えそれが監視目的だとしても、仕事だとしても嬉しかった。少しだけはしゃいでいる自覚もある。そこへ来て、初めて見る本物の雪。
「…来て良かったと思ってるよ。」
この国は、初めて出会った思い出の場所だから。
だから、ここで過ごすクリスマスはそれだけで特別で。
本当は今もパーティーに呼ばれていた。それを二人して断って、ささやかな二人だけのパーティーをしたいと我侭を言って買い出しに出てきた。
ホールは無理があるから、小さなケーキを二つ、チキンとサラダとサンドイッチをテイクアウトで買い込んで、今日だけはシャンパンも用意して。
荷物を持って、ゆっくりと雪の上を歩く。お前はこれな、と言って渡されたケーキの箱を持って、滑って転ばないように手を繋いで。そこから伝わってくる温もりが嬉しくて。
時間も遅く、雪が降っている所為か廻りに人影はなく、痛いほど静かだった。二人分の雪を踏み締める足音だけが聞こえるだけで、会話も途切れがちだった。
「…あ。」
しばらく黙って歩いていると、不意にディアッカは思い出したように時間、と呟いた。
「…時間…?…あ。」
顔を見合わせて、慌てて取り出した時計を見ると日付が変わるまであと数分。
「…間に合わない…かな…」
自分たちが滞在している部屋までは、まだ距離がある。厳密にキリスト教信者ではないから、時間に合わせて祈りを捧げるわけではなかったけれど、折角買ったシャンパンが無駄になるかもしれない。ここで開けるわけにもいかず、どうしようと呟くキラに、少し待ってろと言ってディアッカは持っていた荷物を押しつけると小走りにそこを離れた。
「ちょ…ディアッカ?」
雪で不安定な足元に気を配りながら渡された荷物を抱えなおして顔を上げると、目の前に差し出されたもの。
「…今はこれで我慢な。ほら、コレ持って、それこっちに寄越して。」
あっさりと荷物をキラの腕から取りあげて、変わりに渡されたのは暖かい缶コーヒー。冷え切った手のひらに収まったそれは、触れた所から熱が伝わって痺れる様に広がっていく。
「…ありがと。」
良く考えていた事がわかったなと、半ば感心しながらそう言うと、ディアッカは笑いながら時計を見る。
「わかりやすいからなお前。…ほら、カウントダウン。」
誰もいない歩道の真中で、ひとつの時計を二人で覗き込んで。
時計の針がぴったりと重なると、どこかから鐘の音が響いて来た。それを聴いて、視線を合わせて微笑う。
『メリークリスマス』
二人で声を揃えてそう言って、持っていた缶コーヒーを軽く合わせると、思ったよりも澄んだ音がした。
「…ずっと、毎年こんな風に過ごせるといいね。」
穏やかで、優しい時間を。
「…過ごせるさ。」
そうして降頻る雪の中で、夢のようなキスをする。
作品名:世界の果てで見る夢に 作家名:綾沙かへる