仕種
気付くと、何時までも見詰めているもの。
そう、たぶん、それを言い表すとしたら、ひとつだけ。
>>>仕種
「綺麗…」
ぽつりと零れてしまった言葉に、ディアッカは一瞬動作を止めてから、怪訝そうな視線だけを投げてよこした。
「…あ、ごめん、なんでもない…っ」
あわてて両手を振ったら、変なやつ、と言う言葉とともに、苦笑した。
一緒にいるようになって、そんなに長い時間が過ぎたわけじゃない。それなのに、この人の隣は居心地がいい。ただ、同じコーディネイターだから、と言うだけでは理由として弱すぎる。アスランだって立派にコーディネイターだ。
いかにも優秀なコーディネイターです、と紙に描いてフルカラーのようなアスランとは少し違う、どちらかと言うとナチュラルに近い感覚を持っている人なのかもしれない。ナチュラルでありながら、コーディネイターのような錯覚を持たせる人に、よく似ている。
あの人がいてくれると、ひどく安心した。
曖昧な感覚は、どちらかに固める必要を一時的にでも無くしてくれる。
それが、欲しいのだろうか。
ぼんやりとしていると、また勝手に視線が追いかけ始めるもの。その先にあるのは、リズミカルにキーを叩く長い指先。
手の形が綺麗だ。
それがもともとなのか、そんなところまで調整したのかはともかく、軍人なんてしていなければ手のモデルが出来そうだ。そのくらい、ディアッカの手が好きだ、と思う。気付けばその動作を全て追っているほどに。
長く伸びた指と、大きな手のひら。それが紡ぎだすものが、無機質で複雑な文字ばかりだとしても。握るものが、人殺しの道具を操るためのものでも。
視界の先にあったそれが、唐突に違う動作をした。
ゆっくりと近く、大きくなったそれが不意にとった行動。
「…ふぇっ?」
軽く鼻を摘まれて、変な声が出る。何するの、とあまり正確には発音できない言葉で抗議すると、ディアッカは笑った。
「いや、あんまりボケっとしてるから、起きてんのかなと思って」
笑いながら離れた指の代わりに、自分の手のひらでそこを押さえる。
「…起きてるよ、失礼な」
不覚にも、涙目だ。
「はは…だよなあ?」
軽く笑ってそれを流すと、ディアッカは今まで自分が見ていたモニタをこちらに向ける。
ぼんやりしていたけれどここは格納庫で、今はディアッカの乗機、バスターのシステムプログラム調整中だ。
「…ど?」
示された先を読み取って、キラは頷く。
「うん、大丈夫。じゃあ転送して、コックピットで調整」
繋がったコードの束を確認して、ディアッカは今まで作っていたプログラムをメインシステムに流し始める。場所移るぞ、と促されて金属の床を蹴った。
アカデミーにすごいやつはたくさんいた。他は知らないけれど、同年代の中ではたぶんアスランがトップだろう、と思う。けれど、今ここでプログラムを調整している少年は、もしかしたらそのトップを軽く凌ぐくらいの力があるんじゃないか、と最近思い始めた。
最初から、モビルスーツに乗って敵う相手じゃないと思っていたし、一緒に過ごすようになって、近くで観察した限りその性格以外はコーディネイターの中でも飛び抜けている。
戦う力があるなら、それを使うのは当然だと思っていた。自分たちより遥かに優秀な力を持ちながら、戦いには自ら加わらないコーディネイターもいた。
少し前の自分は前者でありたいと願い、後者を臆病者と罵っていた。
状況が、ほんの少し変わっただけで随分と世界は広がるものだと思う。
パイロットシートに納まって、細かなバグを修正し、コンピュータに任せることなく最適な環境を組み上げていく少年を見下ろして思う。
キラは、恐らく後者だ。中立国にいたことが何よりもそれを物語る。
ひと回り小さな少年の、サイズの合わない制服やパイロットスーツを見れば、およそ兵士として訓練されたとは思えない。
それでも、4対1、と言う状況で戦い抜いたと言う事実。エリートばかりを揃えた部隊から、素人の少年が操る機体を落とせなかったという事実。
持てる力を、使う方向について考え始めたのは、時間があったから、とキラやこの艦の人間に出会ったから、だ。
先程までのキラとは逆に、今度は自分がぼんやりと考え事を始めた。視界の隅で、鳶色の髪が微かに揺れて溜息交じりの苦笑を零す。
指が止まっている。
考え事をするとき、左に首を傾げるのはキラの癖だ。それを知ってしまうほど、一緒に過ごしている。もっとも、それを本人が意識したことはないんだろうな、と思った。
そういえば、さっきも左に傾がってたっけな、と思い出すと可笑しい。肩を震わせて笑っていることに気付いたのか、キラはどうかしたの、と半分振り返る。
「や、別に。ってか、かわいいなあと思った」
別に、と否定したくせに零れた言葉。ある意味、それはこの少年にとっては禁句だ。
「…そんなこと、ない」
案の定少しむすっとした顔でキラは応える。男がそんな顔をしても、たいていはかわいくもなんともないものだ。ところが、やけに中性的な容姿をしたこの少年は、そんな表情すら面白いほどぴたりと嵌まってしまう。
「あると思うけどね」
そんなこと、と続けると、キラはますます嫌そうな顔をした。そうして、唐突に今まで収まっていたシートから立ち上がる。
「…そういうヤなこと言う人のは手伝ってあげない」
むすりとした顔のままキラは言い、狭いコックピットから出口を塞ぐ自分を押しのけて外に出ようとする。少し、慌てた。
「え、ちょっと待てって、冗談だからっ」
正直、キラの頭に手助けしてもらわないで仕上げるのは無理だ。慌てて前を塞ぐと、キラは小さく吹き出した。
「…冗談、だよ」
いつだってからかわれるのは自分だ。
それがこの人なりの気の使いかただと分かっていても、やっぱり少し悔しい。いつでも余裕です、と言った風のディアッカが慌てているところを見たのは、ミリアリアにひたすら頭を下げていた現場だけだ。その時の、妙にほっとした顔を見てみたいと思って。
「…キィーラーァ?」
恨めしげな視線と溜息の混じったその言葉に、してやったり、と心の中で拳を握る。
ほら、この顔だ。
「お返し、だよ」
いつもいつも。
笑いながら、不謹慎だと思いつつもとても楽しくて、可笑しくて。
「…そーですか」
やや呆れ気味にそう答えたディアッカは、左耳の後ろを掻いた。照れている時の癖だと、気付くほど見ている。傍に、いる。
不自然ではなく、不快ではなく、遠慮もない。
そんな動作の一つ一つが、心地良くて。
だから。
「…好き、だなぁって」
固まった。
ほら、今回は僕の勝ちだね?
ひとしきり笑って、勝手に満足してから作業を再開する。
目の前で固まったままのディアッカは、頬を叩くまで帰って来なかった。
…なんじゃコリャ。
つーかディアッカさんは不意打ちにとことん弱い様子です。