透明な心
それは、透明な笑みだ。
そこで、悔しいとか思うのは、おかしなことなのか?
■透明な心
「だって、あなたと僕は違うでしょう?」
そう言って、微笑うけれど。
「…そりゃま、そうだな。」
そう返すしかなくても。
誰も見ていないんじゃないかと、思う時がある。
憂いを帯びた瞳は、確かに相手のほうを向いてはいるけれど、何処か遠い所を見ている気がしてならない。
「…つーか、お前、ホントはなに考えてんの?」
かたかたとキーを打つ手を止めないまま、ぼんやり作業を続けていたキラに向ってそう言うと、一瞬手を止めて何って、と訊き返して来た。
だからさ、と呟いて振り返ると、いつもは遠くを見ている瞳がじっと自分を見詰めていて言葉に詰まった。言い掛けたまま固まると、キラは軽く首を傾げる。
凝視されるのが苦手で、別にいいやと言って視線を逸らせた。
「…変なの。」
小さく笑った。
和らいだ瞳は、確かに自分に向けられている。
掴み所のない少年は、最初からこうではなかったような気がする。もっと、憂えた何かと、その後に吹っ切れたような何かを。
「…諦めた訳じゃない、よな?」
戦争をしている。
それを、たったこれだけの人間が止めようとしている。
出来るわけがないと逃げるのは簡単で、それに立ち向かおうとする力はとても小さい。それでも、この少年はそれを成そうとしていて。
もしかしたら、何処かで何かを、諦めているのかも知れないけれど。
「…そこで、終っちゃう、でしょう?」
独り言のような呟きを聴いていたのか、キラはそう言った。
「諦めてなんか、いないよ。出来る事、精一杯やるだけだし…」
それに、と続けたキラは、緩やかに笑みを浮かべて。
「あなたみたいな人、いてくれるから。」
暫くまじまじと見詰め返して、溜息をひとつ。
「…あのさ…」
その自信は、何処からくるのだろうか。
確かに、キラの力は大きくて、自分が敵う訳がないと痛感している。ストライク、と呼ばれた機体を追っていた時から、多分そう思っていたのだろうと、今は解る。
どうしてここにいるんだろうと考えて見たら、結局理由みたいなものはひとつだった。
「お前のそー言うとこ、ワリと好きだぜ。」
だから、不意打ちのように告げる。
言われた相手は、逆に固まって、目を丸くした。いつでも、何処か遠い向こう側を見ている瞳が、一杯に見開かれて。
好意を向けられたことが少ないのか、キラは暫くしてから俯いて、有り難う、と応えた。
人間の行動基本は、興味だと思う。
だから、それが好きか嫌いか、と言うのはとても大きい。
どうしてここにいるのだろうと思った。
変わったものに興味を抱くのは当然で。それがたまたま、この少年に嵌まっただけなのだ。
「…そんなの、当然か。」
いちいち驚かされる。
何よりも一番驚いたのは、きっと。
「まあ、今はさ。」
手を差し延べるくらい、良いじゃないかと思った。
もっと言うなら、その心に触れてみたいと思った。
いつかその心が、憂いと悲しみと、決意ではなくて。
「それでいいけど。いつか、一杯にしてやるよ。」
何処までも透明な心が悔しいと思ったのは、それだけキラに惹かれている、と言う事なんだろうか。
何を言っても揺るがない。何もかもをするりと受け止めて、流してしまうその心が。
誰もいない見せ掛けの透明な心の奥に、いつか届けようと、思って。
「…そう言うと思ってた。」
そう言って笑うキラは、何処までも透明なイメージのまま。
みてろよ、と悔し紛れに呟いたら。
「…そうだね…」
待ってるよ、と続けて、綺麗に微笑った。