甘いプリン
目を開けると真っ白い天井が見えた。
ぼーっとしている頭でもここが保健室であることがわかる。
「・・・っ坊!」
「こねこまる・・・」
横を見ると心配そうな顔でこちらを覗きこんでいる子猫丸がいた。
「気づきはったんですね!よかったぁ〜。」
「?おれどうして?」
「覚えてないんですか?階段からころがり落ちたんですよ。」
「・・・あー。」
時は数十分前。
学校の授業が終わり、塾へ向かう道のこと。
「ああああああ!」
「なんや?どうした志摩?」
「坊!俺としたことが・・・教室にさっき買うておいたプリン忘れました・・!」
「はぁ?なんやお前そんな甘いもん好きやったか?」
「ちゃいますよぉ。最近、坊疲れた顔してはるから塾の前に甘いもんでも食べたら
少しは元気になるかと思って、HR前に買いに行ってたんです。」
「え・・・俺のために?」
「そうですよぉ。教室に置いてても悪くなるし、ちょっとひとっ走りとってきます!
先に塾行っててください!」
そう言うなり相手の返事も待たずに、来た道を走って戻る志摩。
「・・・俺そんな疲れた顔してるか?」
志摩に言われた通り2人で塾へ向かう道すがら子猫丸に問いかける。
「いやぁ、僕は気ぃつきませんでしたけど。
でも志摩さんの坊の体調変化の敏感さはすごいですからね。
昨日までテストでしたし、きっと疲れ出てはるんですよ。」
あまり人に弱みを見せない坊は、小さい頃から病気を隠すのがうまかった。
そりゃ熱が出たり、咳が出たりすれば大人しく風邪だといい寝ているが、
ちょっと頭が痛いお腹が痛い、体がだるいなどは人に気づかれないようにするのがうまい。
いつも一緒にいる子猫丸でさえ、まわりよりは坊の変化に気づくだろうが病気に気づくことはまずない。
まぁそれは子猫丸が鈍いせいではなく、気づく前に志摩が気づいてしまうのだ。
志摩は坊が体調悪いとすぐに見破る。子供の頃からだった。
少し頭が痛いなと思っていると、坊くすりありますけどいります?と聞いてきたり、
体がだるいと、坊今日はこのくらいにしてお風呂入って寝ましょ!お風呂入ってる間に何か甘いもん買うてきます。とか、
根つめて勉強している時だって、坊休憩しましょ!この和菓子とお茶めっちゃうまいですよ!と言って適度な休憩をくれる。
坊があんまり弱ってる所を人に見せたくないというところも考慮して気遣ってくれる。
志摩には隠せたためしがない。今回もたしかにテスト後で疲れていた。
あいつはほんにエスパーか・・・なんてぼんやり考えながら階段を上っていたら、
ずるっと階段を踏み外したと思ったら体はすでに宙に浮いていた。
「坊!!!」
子猫丸が叫ぶ声がする。
スローモーションで天地がひっくりかえる。
『あぁ。やっぱ俺つかれてたんやぁ・・・。』
なんてことを考えながら階段を転げ落ち、頭をガツンッと打って意識を失った。
そして保健室に運ばれたのだろう。
「坊がぼんやりしてはるなんてめずらしいですね、やっぱり疲れてはったんですね。すんません気ぃつかんで・・・。」
「いや、お前が謝ることやない。しっかりしてない俺が悪いんや。心配かけてすまんかったな。」
「坊・・・。」
今にも泣きそうな子猫丸をなだめていると、廊下からダダダダダっとものすごい足音が近づいてくる。
足音が保健室の前でキキッと音を止めると、今度はガラッと勢いよく扉が開かれる。
音の主は扉を開けるとともに叫んだ。
「坊!!!!」
「志摩!」「志摩さん!」
必死の形相で坊に近寄ってくる志摩。
「坊!体は?怪我は?どこか痛ないですか?」
「大丈夫や、どこも痛ない。」
「階段から落ちたけど、幸いかすり傷ですみました。頭打ってるんでまだ心配ですけど・・・あ!」
「?どないしました?こねこさん?」
「先生に坊が目ぇ覚めたら呼んでくれ言われてたのに忘れてました!ちょっと呼び行ってきます!」
ぱたぱたと廊下に出て行く子猫丸。
残された2人にはなんとなく気まずい空気が流れた。
とりあえず立ち尽くしてる志摩に座れやと促してみる。
言われた通り腰かけるが、しゅんと黙りこんでしまう志摩。
沈黙に絶えられなくて何か話そうと坊が口を開きかけた時、
「・・・ほんとすんません。」
と小さく志摩が呟いた。
「ほぇ?」
開きかけていた口のまま言葉を発してしまったせいで、間抜けな返事をしてしまった。
「俺、坊が疲れてるのわかってたのに・・・坊についてなくて怪我までさせて・・・。」
「これは俺の不注意や。お前が気にすることやない!それにお前は俺のために教室に戻ったんやから。」
ガサっと志摩はもっていたビニール袋をひざの上で握りしめた。
「坊が具合悪いのに気づいても、それでも坊を守れなかったら意味ないんですわ・・・。」
悔しそうにぎゅぅっと拳を握りしめる。
ふと、握っていた袋が奪われる。
「お前がいつも俺の体調気づかってくれてて、俺はどんなに助かってるか。このプリンもほんまありがたい。
ほんとは俺がしっかりしてお前らを守らなきゃいけないんやから、心配かけてすまんな・・・。」
「・・・坊・・・。」
「なぁ、このプリン食うてええか?」
「え、あ、いやええですけど、こねこさんからのメールみて走ってきたんでぐちゃぐちゃですよ?」
そんなことはお構いなしにと坊はプリンを開けてほおばり始めた。
「うん、うまい。ありがとぉな。」
にこっと微笑む坊につられて志摩も微笑みかえす。
プリンがうまいというのもあるが、体は糖分を欲していたのだろう。ぼーっとしていた頭が少しすっきりした。
「でも、お前はほんますごいな。疲れてたなんて本人でさえ気づいてなかったのに。」
「そらぁ、坊のことずぅっと見てはりますからね!」
臆せずにこっと笑いながら言う志摩に坊の方が照れてしまう。
「・・・ほら。」
頬を少し赤くしながら、志摩の口元にプリンの乗ったスプーンを差し出す。
「え?」
とは言いつつ条件反射で差し出されたプリンを食べてしまう。
「んん!ほんまうまいなぁこのプリン!さすが正十字学園!」
「お前も食え。お前も疲れてるやろ。」
「え?」
「・・・俺だって・・・・・・・。」
坊は顔を赤くして下を向いてしまい最後の方が聞き取れない。
「え?坊、なんて?」
耳を近づけると、志摩の耳に向かって自分の耳を真っ赤にしながら小さくつぶやいた。
「俺だって、お前のことずっと見てるんや・・・。」