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やさしいにほんご

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自分達と違う相手に対して容赦なく向けられる奇異の視線が嫌だと彼は言った。
彼の容貌は確かにこの狭い島国においては明らかに異端で、それは道也も理解していたので相手の希望を飲む事に抵抗はなかった。
彼、ロベルトとはほぼ初対面である。一度FFIのアジア予選抽選会で顔を合わせた程度。その時は会話すらしなかった。
その彼と、道也は今2人きりで薄暗いバーにいる。






すらりとした長身にアクの強くはない面立ち、輝く金髪。ロベルトの容姿は良い意味で周囲の注目を集めた。
照明のトーンを落としてあるこの店ですら女性がちらちらと彼に視線を送っている。もっと人の多い、明るく開けた店であったら大変であっただろうなと道也は思った。

「オーストラリアには明日の昼の便で帰るんだよ」

そう言ってロベルトはグラスを軽く揺すって中の氷を回転させてみせた。
日本とは違う、彼の育った地の国民性であろうか、決して親密ではない相手にも敬語を使わない彼に道也も対等語で話している。

「今日は何を?」
「ん、選手を連れて観光さ。外国に来るのが初めてという子が多くてね、あっちに行きたいこっちに行きたいで大変だったよ」

オーストラリアは先日のFFIアジア予選で、道也率いる日本に負けた。予選は一度負ければそこで終わりのトーナメントだ。敗者となってしまった彼らは、もう日本に滞在する理由がない。
明日の便で帰るという彼らにとっては今夜が日本最後の夜になるだろう。
選手は今頃、遊び疲れてホテルで寝ているのだろう。監督1人、ここで夜遊びだ。

「日本は面白い国だ」
「そうは思えないが」
「いいや、面白いさ。特に漢字が面白いね。あんな複雑な模様がきちんと文字になっているのが不思議だよ」

そう言ってロベルトはポケットから手帳を取り出した。
ビニールポケットから小さく折り畳まれた紙を取り出して広げてみせる。縦長の
薄い紙はどこかの神社のおみくじのようで、大きく「大吉」と書かれていた。

「今日は色々な所を回ってね、その中で「テラ」にも行ったんだ。そこでこれを引いたんだけど、一番いいやつなんだろう?これはどういう意味なんだい」

バーカウンターに不釣り合いなおみくじ。薄暗い店内では小さな文字は読みにくい。
僅かに眉を顰めた道也の、きっちりと爪の切り揃えられた指先が一番大きく書かれた「吉」の文字を示した。

「これは「きち」と読む。「幸運」という意味だ。そしてこちらの「大」は「大きい」、二つで「だいきち」と読む。意味は……そうだな、「最高に運がいい」という事だ」
「なるほど!最高の幸運か……」

感心したらしい表情で頷いてみせるロベルト。「日本と対戦する前に引いておきたかったな」などと言って笑っている。
日本人の道也には当たり前の感覚なのだが、英語を公用語とするロベルトにとっては文字ひとつひとつに意味がある事が面白くて仕方がないのだろう。
道也の解説に気をよくした彼は、手帳の何も書いていないメモスペースを開いて道也に差し出した。まるで新しいおもちゃを見つけたような、好奇に満ちた眼差しがレンズ越しに道也へ注がれる。

「ミチヤの名前は?どんな漢字を使うんだい?」

親しくない相手からミチヤ、とファーストネームで呼ばれる事に些かの抵抗があったが、気風の違いであるから仕方がない。
道也はロベルトからペンを借り、ページの右隅に「久遠道也」と楷書体で記した。

「こっちが「ミチヤ」だね。それでこちらが「クドウ」かな?」
「そうだ。久、遠、道、也」

漢字の読みごとに指で示しながら、区切り読んで聞かせる道也。それをロベルトは頷き混じりに聞いている。

「最初の「久」は久しい、「遠」は遠い。「道」は道路だとかの意味で「也」は断定を意味する。「久遠」で、「くどう」でなく「くおん」と読む場合だが、こちらは永遠や永久という意味がある」

指導者であるからだろうか、道也は聞かれてもいない事でもすらすらとメモ混じりに説明を施す。
薄暗い中で浮き上がるように白い帳面に視線を落としていた道也は、気づかなかった。
いつの間にか、隣に座るロベルトの手が腰に回されている事に。
自分の右側に座るロベルトへ見えるよう、やや身体を相手に向け斜にしていたのもあり、ぐいとロベルトの腕に引き寄せられた時に道也はペンを持ったままロベルトの胸へ倒れこみそうになる。
それを相手の肩を掴む事でなんとか堪えた。
いきなり何を、と文句のひとつでも言ってやろうかと思い顔を上げた道也は、しかしながら一瞬言葉を失う。
いつの間にかロベルトは眼鏡を外し、その異国の色をした瞳でもって道也を見つめていたのだった。
レンズ一枚隔てないだけでここまで具合が違うのかという程に色を含んだ視線に、道也は一瞬虚を突かれた。
その隙にロベルトが自らの肩に置かれた道也の手をそっと外し、そのまま筋張った指先に柔らかな唇を押し当てた。道也から、視線を逸らさないままで。
瞬間、道也の背筋を走り抜けたものは何だっただろうか。

「ロマンチックだね」
「……何がだ」
「君の名前さ。永遠、なんて」

道也が右手をカウンターに戻す。それをロベルトは追わなかった。

「とても、ロマンチックだ」

ロベルトの手は道也の手を追わない代わりに、そっと唇に延ばされた。
乾いた皮膚が薄い唇の皮膚をなぞる、その動きに何の意図があるか見抜けない程道也は愚鈍ではなかった。
ぱしりと相手の手を払いのけると、不愉快だと言わんばかりに手帳とペンをロベルトに押し付けた。
しかしその手ごとロベルトはまたも道也の手を掴む。
そして今度は腰でなく背中に左手を回し、強い力で引き寄せる。

「ミチヤ」

普段、他人から呼ばれる事のないファーストネームを、ぎこちないイントネーションで呼ばれる。
その違和感の集合体にまた道也の中に何かがぞくりとした。
前髪のせいで全ては見られないロベルトの顔。

「あのオミクジ、当たるものだね」

至近距離で、作り物のような寒色の瞳が片方だけ見える。

「君のような人と出会えた事は、「最高の幸運」だ、ミチヤ」

歯の浮くような言葉を囁く唇。
その隙間に見えた赤い舌に道也が感じたものは間違いなく、欲望だった。
そして背中を撫でる手に道也自身が感じたものも、だ。
道也は自身の中に生まれたそれに目を逸らすがどうか迷って、その間に唇を塞がれた。
作品名:やさしいにほんご 作家名:タカツキ