堕落者12
いつ話を切り出す気なのかと思っていると、鈴は私たちの右手横の、一人がけのソファに腰を掛けた。
「跡部君」
「はい」
「ちょっと、遊ぶ前にお話してもいいかな」
「はい、かまいません」
とうとうか。私はふと、ジュースを飲み干してしまった事を後悔する。
「跡部君と、隣の、樺地君の事は、いつも凜から聞いているよ。凛と仲良くしてくれて、ありがとう」
「こちらこそ」
「で、今日の事なんだが」
鈴がそう切り出し、私は一人はらはらしている。
「君は、今日ここに来る事を、家の人にちゃんと言っていたのかな」
「はい」
「それはいつ?」
「先ほど、うんてんしゅに」
ここで、鈴は腕を組み、考える素振りをする。
「私には帰りだったね」
「はあ」
「凛には約束してくれていたのかもしれないけど、私は帰り、迎えに行くまで知らなかったよ」
「そうですか」
当たり前だ。跡部は今日決めたのだ。
「君は、私が家の準備が出来てないと言った時、かまわないと言ったね」
「はい」
「でも私は、今日君たちが来てくれる事を知っていたら、準備をしたかったよ」
「はあ」
「それに、今日はたまたま、家を空ける用事が無かったからいいが、君は、今日私の都合が悪かったらどうしていたつもりなんだい?」
跡部は間を置いて言う。
「りんには鍵を持たせていないんですか」
「持たせているが」
それは初耳だ。持たされた覚えは無い。
「なら、あなたがいなくても遊びに来ていると思います」
鈴は黙った。それを良い事に、跡部は話し出す。
「僕も、出来ればあなたと話したかったんです。僕はりんと食事に行きたいと思っているのですが、りんは給食費を払っているからと、さそいにのってくれません。食事代はこちらで持ちますから、給食費を払わないで、ぼくと食事させてくれませんか」
失言だった。先ほどの受け答えだけでも十分な失言なのに、跡部は続けて失言した。
「それは出来ないな」
「何故ですか?りんにも聞かないんですか?」
「凛には話をつけてある。君の言った通り、うちはうちで、給食費を払ってるんだ。君に文句を言われる筋合いは無いよ」
「食事代はこちらで持ちます」
「そう言った事は、家の人に話しているのかな」
「僕にもあるていどおこづかいがあるので、はんいをこえなければ何も言われません」
そうだったのか。
「君の家ではそうなのか。なら、君の家に関しては問題が無いんだな」
「そうです」
「ならば君は、私の家については、考えてくれているのかい」
跡部はきょとんとする。
「はあ」
「私は物書きをしていてね、私は大抵、家にいるんだ」
「では、大丈夫じゃないですか」
「私が家にいる、という点ではね。私は家で、自分の机で仕事出来る、物書きだ。ほとんどの仕事を家でしている。君は、自分がその邪魔になるかもしれない事を、考えていてくれたかな」
跡部は黙った。
「次に二つ目となるが、君の家に問題は無いと言ったね」
「はい」
先ほどまでと比べ、弱弱しく跡部は返事をする。
「それは、本当にそうかな」
横目で見ると、跡部はその表情を強張らせていた。
「君の家には使用人がいるらしいね」
「はい」
「今回、君がここに来る事になって、仕事の予定が変わってしまった人も、多いんじゃないかな」
鈴は、跡部の返事を待った。跡部はしばらく考えると答える。
「そうかもしれません」
その受け答えに、鈴は微笑む。
「君が乗せてくれた車は元々、君の家に向かうためだったろうね。家では君を迎える準備をしてくれていたかもしれないが、それも、どう変わったかな」
鈴は続けて話す。
「三つ目、これで最後になるんだが、私はね、何も君や凜に意地悪するために、給食費を払っているわけじゃない。君の家の事を考えて、それが最も良い事だと思うからそうしている」
「どういうことですか」
鈴はあくまで、口元を緩ませながら言う。
「君は、自分のお小遣いだから、範囲を超えなければ良いと言った。しかし、そのお金は、元は、君の親が稼いで手に入れたお金だ。君の家のために、親が頑張って働いて得たお金だと思う。そんなお金を私の娘の食事代に当てるなんて、申し訳が立たない」
「僕の親は、そんなことに文句を言いません」
「そう言ってくれてありがたいが、これは、私のプライドだ。君の家からお金を貰う義理も無い、というね。私は私が稼いだお金で、娘を育てる」
そこまで話すと、鈴は息を吐いた。
「長く話して済まなかったね。凛の部屋に案内する。帰るときは言ってくれ、電話を貸す」
鈴は私の望んだ通りに演じきり、跡部を諭した。
2009/01/11