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ふうりっち
ふうりっち
novelistID. 16162
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イギリス受難の日…? 日英編

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もうすぐ世界会議が開催される。しかし、各国の上司が集まる前に議題内容を確認報告のすり合わせを行うため、予定よりも早めに集結することになった。
 それは急な知らせであったため各国が予定変更に慌てるなか、元々、余裕をもってスケジュールをこなしてきたイギリスは急な知らせでも、さほど慌てる必要はなかった。会議前に予定てしていた観光日程を削りさえすればいいだけの話だった。

「こっちが環境問題で、こっちがエコ。それから……」

 今回、会議を開催する建物は古い佇まいでありながら屋内には広い廊下を有し、窓辺から見える庭には色とりどりの花々が咲き誇っている。
 初夏の風に触れる木々の葉や、甘い匂いを放ちながら微笑むように咲き綻ぶ花たち。出来ることなら今すぐ傍に行き、それらに触れてみたいという衝動に駆られながらもぐっと我慢する。自然に触れるのは会議の後でも、明日にでも出来る。それよりも今は、会議に集中すべきだと自分を言い聞かせ、イギリスは両手に抱えた資料を一つ一つ確認しながら長い廊下を歩いていた。
 広い廊下には彼以外歩く輩はいない。
 それだけに集中力散漫しがちだと分かりながらも、資料チェックを怠るわけにはいかなかった。それが悲運に遭遇することになろうとも。

「……あっ」
「え? あ…、悪い!」

 資料の中からプリントを出そうとしていると、どん、と誰かの肩にぶつかった。咄嗟に謝罪を口にしたのは、自分に非があると判るから。慌てて相手をみれば、日本であった。
 艶のある黒髪を微かに揺らし、黒目の大きな双眸がこちらをみつめている。

「イギリスさんこそ、大丈夫ですか?」

 ぶつかってきたのはイギリスからであっても、相手のを気遣い心遣いは日本らしい。

「ちょっとよそ見してた…ゴメン」

 愛想笑いではなく、真摯な態度を見せるのは相手が日本だから。これがフランスであるなら、例えイギリスに非があろうとも悪態ついた挙句に拳の一つでも飛びかねない。それが無いのは、古き友人として互いの関係を大事にしてきたからだろう。

「いえ、それより書類が…」
「あぁ…いい。気にするな。自分で拾うから」

 ぶつかった拍子に床へ散った書類を手繰り寄せれば、日本もそれに倣う。そんな日本の手伝いがあったおかげで、短時間で片付いた。

「悪いな日本」
「いいえ、私こそ前方不注意……、イギリスさん、手から血が!」

 いつの間に切れたのか、手の平にうっすら血が滲んでいた。きっと夢中で書類をかき集めた時に書類の端で切ってしまったのかもしれない。しかし、傷が小さかった事から気付かなかったようだ。

「こんなの問題ないぜ。舐めておけば治るって」

 遥か昔から生傷は絶えない生活を送ってきたせいか、この程度の傷など傷と思っていない。ペロッと舌を出してみせれば、日本が小さく頷く。

「確かに唾液には消毒効果もありますね。それなら――」
「に、日本……っ」

 おもむろに日本の手が伸びると、傷ついたイギリス手を自分へと引き寄せた。そのまま手の平に唇を這わせてくる。唇の感触がむず痒いが、それは姫に仕える騎士が主に対して忠誠を誓うためにするキスのように見えなくもない。
 一度、自覚してしまうと気持ちが昂った。
 これは消毒のために傷を舐めているだけ、と何度も自分へ言い聞かせたが、鼓動は高鳴り続ける。頬が熱い。

「に、日本……、も、もう……」
「これで大丈夫ですね」

 この程度で動揺している姿を見せまいと気丈に振る舞いが、上目遣いの漆黒の双眸に見つめられると息が苦しくなる。日本らしかぬら紳士的な振る舞いを見せられたせいだ。
 いつもは、場の空気にあわせ常に控えめな態度が印象的な彼が、このような振る舞いを見せられたことで高揚感と羞恥心が無い混ぜとなり、思うように言葉を発せ無いでいた。

「あ、あのな…日本…」
「これは失礼しました。私としたことが、とんだ破廉恥な行為をしてしまって」

 恐縮そうに肩をすぼめ己の非礼を口にする姿に、イギリスは慌てる。
 日本に詫びてほしいわけでない。彼に非があると思っていないし、ましてそれを口にもしていない。むしろ彼なりの気遣いが嬉しくもあり、日本からのキスは悪くなかった。

「べ、べつに謝って欲しいわじゃねぇよ。日本は、…悪くねぇし」
「尊敬するイギリスさんから、そう言って頂けると助かります」

 時折、零れるような日本の笑顔は不思議と場を和ませる魅力があった。それはイギリスには真似できない芸当と自負するだけに、目を細め、ふとした笑顔がその場の和ませてくれるだけで、心が軽くなるのをイギリスは感じていた。

「な、なら…俺は会議室へいくから」
「ええ、少ししたら私も伺いますので」
「じゃ…じゃぁな。お、遅れるなよ…!」
「はい」

 非常にぎこちない会話だと自覚できても、それを修正するだけの技量をイギリスは持ち合わせていない。唯一こなせるのは、その場を取り繕うだけの言葉を残し、会議室へと急ぐことだけ。
 こんな態度を日本は快く思ってないと後悔するものの、口下手で、誰にでも素直になれないこの性格が今更疎ましく思えた。出来る事なら、いますぐ引き返してちゃんと謝るべきなんだろうが、礼節を重んじる日本につい甘えてしまう。
 ひねくれた性格だということは昔から知っていてくれるから、今日くらいは、今回くらいは。そう大目に見てくれるだろう。自分勝手な解釈で逃げてしまうのは悪い癖だと分かっていても、こういう時、素直になれない自分が情けない。

「俺って最低だ……」

 会議室へ行く前の通路の端で、思わず壁に項垂れながら己の態度に自己嫌悪に陥っていた。
 自覚するなら行動すればいいだけなのに、どうしてもそれができない。あまりにも不甲斐ない自分が情けなく、思わず歩みが止めていた。

「あれ~? こんなところで、どうしたのイギリス?」

 そんな彼に、声を掛ける人物がいた。




Auf die Hande kust die Achtung ―手なら尊敬―







─── To be continued ───