Dear Mine
争いごとが嫌いなはずなのに、なぜか常に喧嘩や荒事に巻き込まれる。
気がつけばいつのまにか、力が有り余ってる。
繊細なものや壊れやすいものを扱うには、この手にはあまりにも不似合いで、
「いい加減にしてくださいっ」
目の前で叫ばれる声が、まるで遠くのように聞こえる。帝人が泣きながら俺を叱るのは、もう何度目だろう。
池袋最強だとか、手を出したらいけない存在だとか、みんなが遠巻きにするような存在である俺に対しても、帝人は変わらないどころか、それ以上に遠慮なく接するようになった。すこしずつ話をするようになり、傍にいるのが違和感なくなって、そのまま自然と「付き合う」といっていいような関係になったせいもあるんだろう。俺よりだいぶ小さい、年下の恋人に叱られて文句も言えない俺の姿は、とてもじゃないが臨也になんて見せられるわけがない。
「あー、なんだ、その、悪かったよ…」
「わかってない!静雄さんは、ぜんぜんわかってないですっ」
帝人はぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、それをぬぐうこともせずに、ただひたすら俺の掌に包帯を巻き続けていた。滲んでいた血が、次第に止まっていくのがわかる。帝人が怒るのは、絶えずケガをする俺を心配しているからだ。それがわかるから、俺も文句なんかいえない。もしもこれが帝人を守るための怪我であったとしても、こいつは同じように俺を叱るだろう。それが一番俺に効くってことを、こいつはよくわかってるんだ。
「前よりは、その、減っただろ。怪我」
「それはそうですけど…、でも臨也さんを見つけたら自販機を投げつけようとするところはまだ治ってないでしょう?」
「そ、それはそうだがよ…」
普通なら臨也の名前を出されただけで頭に血が上る俺だが、帝人がその名を口にしても感情の変化はない。帝人が俺と同じように、臨也を特別視してないことがわかるから。
手の包帯を巻き終わってからようやく、帝人は自分の涙を拭った。ほんとうは俺がすべきことだけれど、血だらけのこの手で彼に触れることは許されないような気がして手が伸ばせなかった。わかってる。帝人はそんなこと気にはしない。これは単に、俺の負い目なだけで。
「もう…、こんな無茶するなら、何か壊れやすい大切なものでも手のひらに貼っつけときましょうか」
「それなら帝人だ」
無意識に即答してしまってはっとする。驚いたのは帝人も同じだったようで、やっと涙がとまった顔が今度は真っ赤に染まり、包帯を縛る手に力を込めた。それでも痛みは全然感じないが。
「ひ、人はそんな簡単に壊れませんよっ」
そう言いながら、帝人は包帯に包まれた俺の手をそっと握った。やさしく、やさしく。
「傷が開くから、握っちゃダメですから、ね」
包帯に巻かれていない僅かな箇所だけが帝人の体温を感じ取って、より一層触れたくなる。
帝人が強いことは良く知ってる。内側に信念を抱いてることも、迷わず前に進むことも。それでもこんなふうに、俺みたいな男に心を預けてくれる、って、ことが。
俺自身でさえ認めてやれなかったこの力も含めて全部俺ごと、受け入れてくれる、この手が
喧嘩に負けることのない俺の傷だらけの手なんかよりもずっと、強く思えて。
「開いても、いい」
血が噴き出してもいい。治りが遅くてもいい。
いま、この瞬間、帝人の手を握り締めたかった。強く強く、握り締めたかった。
吹っ切れればもう、お前を不安で泣かせたりは、しないのに。