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真昼の月

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深夜、主の就寝を見届けて自分のルーティンを終えると、獄寺は首を回しながら自室へと向かった。
元々理系、しかも兵器の開発(といっても瓜のみだが)経験を持つ男である。PC操作は苦にならないはずなのだが、ファミリー全体に関わる意思決定の中枢に身を置くプレッシャーは、連日の激務より余程堪えている。
明日、同盟先との会合に向け、打ち合わせた内容は、決して明るいものではなかった。
ファミリーを護り、益を守り、時に戦う。ファミリーの中さえ一枚岩ではありえないのだから外ともなれば当然、対立はつきものだ。
テーブルという名の戦場の結果を、最善と最悪の想定内に収め、ボンゴレの関係者に伝え、あるいは説得し、そんなことの繰り返し。
くせのない銀髪をぐしゃりとかき乱し、獄寺はいつ終わるとも知れぬ連鎖にきつく目を瞑った。時折、叫びだしたくなるような、苛立ち。
ボンゴレを連れて、何もかも放り出してしまいたい衝動に胸が焼ける。
(ナンバー2の俺ですらきつい荷を、あの方は)
綱吉は大空の謂いを裏切らぬ、おおらかな気性の持ち主だが、決して鈍感ではないのだ、出合った頃から。
成長期を過ぎても相変わらず細い背中を、頼りないと思ったことはない。守りたい、と切に思う。
右腕として定評を得、彼の笑顔を傍で見続け、時に守り、けれど。まだ足りない、という気がしてしまう。
自分に、ではない。敬愛する主に。死ぬ気の覚悟などいう大袈裟で儚く燃え尽きるものではなく、内から彼を常に支え、彼が消えるその瞬間まで、当然のようにあり続ける芯となる何かが、まだ綱吉には、ない。名前もつかないくらいに絶対で特別な唯一が。仲間、という大枠で囲えるものではなく、ボンゴレの大空という立場すら忘れさせるもの。誰のためにも頑張れる、というのは反面怖いことでもあるから。
だから何だと言ってしまえばそれまでだ。ドン・ボンゴレはよくやっている。処理能力が高く業界馴れしたXANXASとは見劣りしても、蚊帳の外から見たなら恐ろしいばかりの求心力は、彼の輝きは、いや増すばかりだ。
ただ、いつも気を張って、四六時中必死で「ボス」をこなす姿が、本来の彼を知るものには切ない。
最近は日本に帰りたいとさえ言ってくれなくなった。弱みを片腕の自分にさえ見せなくなったことが、獄寺にはかえって辛い。
(愚痴くらい、零してくださったらいいのに)
部下の懸念を増やしたくないと気を遣っているのか。俺はあなたを、支えることはできてないのか。
煙草が無性に吸いたい。胸ポケットを探った、そのとき。耳を掠めた音がなにか、即座にはわからなかった。
(・・・・・・・歌?)
気づけば、今自分がいるのは母の遺したピアノを置いている部屋の前だった。音はそこから、漏れている。
防音がしっかりしているので、まず普通は気づかないが、今は深夜で周囲が静か過ぎるからだろう。
加えて建物が古く、鍵を忘れると稀にわずかだけ、扉が開いてしまうこともあった。ここしばらく使っていなかったから、思い出しさえもしなかったが。
(違う、ひとの声じゃない・・・ヴァイオリンだ)
バッハのアリア、シンプルながら技量のごまかしがきかない曲だ。
奏者の腕はまあ聞けるレベルといったところか。譜を精査し、一音一音吟味することはしていないが、自分の音をしっかりと見据えている。
祈りそのものを思わせる、ストイックな音だった。何も無い部屋で一心に十字架を見上げ、誓詞を暗誦する聖女を思わせる。
まともな音楽になど、久しく触れていない。水を口にして初めて渇きを自覚したひとのように、無心に耳を欹てた。
ふと、曲が止まった。気づかれたやばい、と一瞬慌てたが、そもそもピアノ室は獄寺のために用意された場所だ。逃げるのもおかしい。
扉が内から開いて、現れたのは。
「ああ、君でしたか。勝手にすみません、開いていたもので」
「そこはいい。ヴァイオリン弾けるなんて聞いてねぇぞ、六道」
聖女どころか人殺しだった。

「弾けてませんよ。この体では触るのも初めてです」
やっぱり勘が戻りませんね、指の形も違いますし。屈託なく首を傾げて苦笑すると、夜空を吸ったような髪がさらさらと流れた。
「前世やらではもっと巧かったってか?」
「ええ、生涯ひとつきりの趣味でしたから。死ぬ頃には割りと褒められましたよ」
「今でも十代目をお慰めするには十分だと思うが」
「獄寺隼人、後生ですから言わないでもらえませんか。君みたいにプロレベルならともかく、半端に弾ける術士なんて格好つかないです」
ふ、と獄寺は笑ってしまう。いつだって我関せずと余裕を持った霧が、妙に必死な様子なのがおかしい。
「さぁ、どうすっかな。お前知ってるか、」
Michael Nyman。思いつきで言った英国人の名前に、六道はやれやれと溜息をついて弓を上げた。
「映画のテーマ曲を耳コピですよ?しかも原曲はピアノ」
「ってことは聞き込んでたんだな。いいぜ、弾けるだけ弾いてけ」
「口止め料ってことでいいですね?」
「あ?ここの使用料が先だろうが」
「・・・このマフィア・・・・・・・とっとと君の記憶を消しておけば・・・」
「好きなんだけどよ、どうも自分で弾くとイメージ違って駄目だ。お前のが相性いい気がする」
きりきりと自分を追い詰めるような六道の音が、危うい美しさを放つ旋律に似つかわしいと思う。
もう術士は逆らわず、息を吐いて構えた。
冷たく品の良い旋律に抑えた情念が滲む、独特の色気がある曲。
聞き込んでいたのは本当らしく、六道は見事に表現して見せた。
禁忌を知る自制の下に潜む、狂気に近い情愛。
その向かう先が、己の主であることを、獄寺はもはや疑いもしない。
ああそうか、十代目にはこいつなのかもしれない。ボスの右腕は、音の奔流に息を吐く。
怜悧で汚れきった、しかし身内限定で甘い霧は、清すぎる十代目のラストピースとなる者なのかもしれない。
時に輝き、時に隠れ、雲より雷より空に近くある、・・・・・・いや、形を変えながら空に抱かれ空を飾る、あの天体のように。
獄寺は、クラシカルな映画音楽の終わりに合わせ、ピアノの蓋を上げた。
「では、僕は・・・」
「これで最後だ。付き合え」
弾き始めたのは、確か世界的に有名なアニメーションの曲だった。ピアノと、囁くような女の声が美しい曲。作曲したのは日本人だが、歌詞はイタリア語だ。
やはり知っているのだろう。獄寺が伴奏を始めると、六道は素直に弓を構えた。
一音一音、願いをうたうヴァイオリン。寄り添うことを知っている音だ、と思う。
切ない曲は、やはり男に似つかわしかった。

「では、皆には口外無用ということでお願いしますね」
「ああ、俺からは言わない。だが十代目が今のを聞いたらさぞ感心するだろうな。俺が並中で音楽の時間、軽く合唱の伴奏しただけで喜んでらしたから。保障するぜ」
何か言いかけて口を開いた男を背に、獄寺隼人はピアノ部屋を出た。
作品名:真昼の月 作家名:銀杏