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璃琉@堕ちている途中
璃琉@堕ちている途中
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はにかむくらい嬉しい

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(それなら、)

(キスしてよ―――)



いつのことかは、忘れた。
場所が俺の部屋で、俺は酔っていた。ホールケーキやら何やらを食べた。沙樹に何かを貰い、俺は彼女に何もあげなかった。それらを考え合わせ、あれは俺の誕生日だったのだと思う。
沙樹の隣には、彼がいた。あからさまに嫌そうな顔をして、彼女に窘められていた。そもそも、彼女に連れて来られなければ、彼は決して、俺の誕生日を祝いなどしない。…いや、まぁ、顔見知りの殆どがそうなのだろうけれど。
酒が足りない。ついでに、肴も買って来る。そう言って、どうやらザルらしい沙樹は、五分も離れていないコンビニに向かった。俺も行くと慌てた彼は、ゲストをひとりにしちゃ駄目でしょと置いて行かれた。
つまり、俺は彼とふたりきりになったのだ。

「君は俺に、何をプレゼントしてくれるのかな」
「…何で俺があんたなんかに」
「だって、俺を祝いに来てくれたんでしょ?だったら、プレゼントのひとつやふたつやみっつやよっつ」
「おい、自惚れてんなよ」

そんな沈んだ会話をしつつ、それでも俺は、楽しかったのだろうな。酒も手伝った。
だから、提案したのだ。

「ならば、口づけひとつで、許してやろう」
「………はい?」
「キス一回で、プレゼント四つ分にしてあげるってことさ。もちろん、唇にね」
「イヤです絶対に。つーか正気ですか。酔いが回り過ぎてんじゃ」
「そんな悲しいこと言わないで。俺、今、嬉しいんだと思うんだよ」
「は…?」

怪訝な面持ちの彼に、俺は説明した。同情を引く為などではなく、事実にして真実、そしてどうしようもない現実を、ただ。
誕生日に家族以外にこんな風に祝って貰ったこと、あんまり無いんだよねぇ。ていうか家族にも。日にち教えたりもしないし、自業自得ではあるんだけど。それでも、やっぱり、ね。今のこの気持ちは、嬉しいってことなんだろうな。ありがとう、来てくれて。

「………寂しい人っすね」
「え?沙樹ちゃんと、君がいるじゃない」
「……………」

彼は、ハァと溜息を吐いた。ガシガシと頭を掻いた。
俺は、俺と同じく酒で赤くなった彼の顔、その瞳を見つめた。少し潤んでいるようで、可愛いなどと思ってしまった。

「今度、何か用意します」
「それなら、今、キスが良い」
「………臨也さん」
「早くしないと、沙樹ちゃん帰って来ちゃうよ。沙樹ちゃんの前でするより、良いよね?」

駄目押しに、それなら、キスしてよ、そうピアスの光る耳元で囁いた。
彼は、俺を睨んで、それでも、

「…誕生日、おめでとうございます」

それでも、優しく、俺の唇にキスをくれたのだ。




♂♂




嬉しかったのだ。祝ってくれたことも、プレゼント―キス―も。
でも、何故、今、思い出したのだ。また随分と鮮明で、昨日のことみたいだ。

「………やさん、」

―ああ、そうか。コレが、

「臨也さん!」

臨死体験ってヤツかも知れないな。体験、では済まなくなりそうだが。
俺は腹部から溢れる血液に染まった掌を他人事みたいに眺めつつ、嗤った。

「臨也さん…、臨也さん!しっかりして下さい!」
「止めてよ。怒鳴られるのは好きじゃないんだ」
「そんなの知るかよ!何、何で、なんで…こんな…っ」
「流石に、至近距離からの銃弾二発は、避け切れなかったようだね。頭と心臓かわしたのは、誉めて欲しいけど。コレ、どっか破裂してるかも」
「喋るな…!!」

重くて怠い身体が、強い力で抱き起こされた。
あーあ、そんなところを触ったら、白いパーカーまで汚れてしまうよ?血液はクリーニングでも落ちにくいというのに。
君は、もう少し賢いと思っていたのだけどねぇ。

「沙樹ちゃんは?」
「もうすぐ、救急車来ますから」
「てか、何でここにいるの?」
「大丈夫ですから…だから…」
「つーか、話聴いて」
「っあ、あんたの!誕生日だからだろ!?」
「………え…」

誕生日…誕生日か。忘れていたな。
大分朧気になって来た視界を占める君の顔は、歪んでいた。今にも、泣き出しそうに。
それで睨みつけるから、何とも、そう、滅茶苦茶だった。可愛いのだけどね。

「あんたの、誕生日だから」
「………うん」
「だから、沙樹は、部屋で準備してる」
「………そっか」
「俺は……っ」

言葉に詰まって、下を向いてしまった君。肩を、俺を抱く腕を、全身を震わせている。
ああ、とうとう泣かせてしまったのか。やはり、俺はこの子にとって、災厄の塊でしかないみたいだ。
サイレンらしき音が遠くで唸っていた。多分、通行人も集まっている。でも、もう俺には、

「ねぇ、顔、上げてよ。見たいんだ、君の顔」

君のことしか、わからない―――。

「俺は…あんたに、プレゼントを…買いに」
「うん。ありがとう」
「臨也さん…っ」
「あはは、ぐちゃぐちゃだ…ね…」
「臨也、さん………?」

変わらないな、俺は頷いた。頷いたつもりだ。
如何にも生意気そうな、同時に、凛としてどこか気高さを纏う顔は、初めて出逢ったときから、変わらない。
こんなに情けない醜態を晒しているのに、君は、凄いね。俺に、それでも、美しいと感じさせる、君は。
俺なんかの為に、君は。

「ねぇ…プレ、ゼント、さ」

不思議だ。沙樹に貰ったものは全く覚えていないのに、君のくれたキスの感触は、はっきり思い出すことが出来る。
俺は、本当に、本当に、嬉しかったのだなぁ。

「まだ、買って、な、い…なら、さ…ぁ…」

(それなら、)
それなら、

(キスしてよ―――)
キスしてよ―――

「っ…ん、ん……ん…」

口を動かそうとして、塞がれた。願いは、押し当てられた唇によって、強請る前に叶えられた。
―あはは、してやられたよ。
本当は、大笑いしたかった。
本当は抱き締めてあげたいし、もっといっぱいちゃんとキスしたいし、…ねぇ?沙樹に頼めば、一晩くらい。

「ま…さ、お……み……く…、」

だって、ほら。

「………き…だ……よ……」





『はにかむくらい嬉しい』のだもの。

(あんたは本当に、最低だ)
(最期にそんな顔するなんて)