桜並木
時は過ぎて、ささやかな記憶は遠い過去となり、鮮やかな思い出は切れゆくうろ覚えとなる。
過去に縛られ、うろ覚えの思い出に思いをはせるのは愚かなことだろうか、と常に思う。
不動はどんなに時がたとうとも変わることのなかった桜並木を歩きながら、
ふと、雲がたなびく青い空を見上げた。
「かわらいな・・・」
あの頃よりも背丈は高くなり、見つめる風景も若干違ったものになったが、
根本的に変わることのない春の景色に笑みがこぼれる。
そしてまた視線を桜並木の先に戻すと、見覚えのある青年が歩いてくるのが目に入った。
不動はまた笑みを口元に浮かべると、手を挙げてその青年の名前を呼ぶ。
「円どっ・・・」
しかし、その声は途中で途切れ言葉の意味を成さぬ間に、不動の口の中で消えていった。
挙げた手をだらりと下げて、手持無沙汰になったかのようにポケットに手を入れた。
今度は口元に苦笑を浮かべると、不動は少し俯きながら桜並木を歩き出す。
円堂と、その隣で笑う女性の声が耳に響き、遠ざかるのが分かった。
相手は己に気が付かない。それを悲しいと思ったのか、よかったと感じたのか、
不動自身にもわからなかった。
少しばかり歩いて、後ろを振り返る。楽しそうに笑う二人の後ろ姿。
「幸せになりなよな・・・キャプテン」
不動はそう口にすると、また一人変わることのない桜の中を歩いて行った。