勝手に溺れてろ
目が合う。素知らぬふりをされる。自分もまた、彼がしたように彼の優しさに甘んじたふりをして強がってみる。そんなことの繰り返し。初めて彼に泣いているのを見せたとき、さみしい人だと思った。どれだけ声をはっても届かない壁に囲われている。それが自分で作り上げたものなのに誰かのせいにして安心したがっていた。
白石は、泣くとすぐ目が腫れるのでわかりやすかった。瞼に視線をやると何でもないように笑う。そんなクセのようになってしまった彼の仕草にため息をつく。痛々しいと思う。とても。不毛だとも思う。彼の好意の寄せ方は男女のそれとはきっと違っていたのだろうけれど、自分にとってそこに差異はなく、めんどうくさいものだった。例えば彼の気持ちを汲んだふりをして手をとることは難しいことではなかった。しかしその手の行き場はどこに行くのだろう。仮にそのまま自分の行きたいところへ引っ張っていくことをしたとしても、彼は素直に身を任せるだろう。全て例えばの話。
千歳は、知りたくもないくせに敏感に受け取ってしまう。視線の先はいつも弱さをついた。隠しても見えてしまうのなら、いっそ真っ直ぐに見てほしい。しかし彼はいつも視界の端で捕えるだけなのだ。臆病の好奇心。もどかしいと思う。とても。むなしい気持ちにも似ている。彼は必死で拒絶を表に出さないように俺の好意を転がした。わずらわしいほどにきっと彼は考えている。架空の世界で二人がどうなっていくのか。無駄なシミュレーションをして、傷つく準備をして、俺から逃げたくてしかたない。あくまでも本当の話。
本当は、よりかかってもいいくらい、白石がすきだった。もしかしたら自分の考える彼の好意と、彼の考える自分に対する好意は違っていたかもしれないけど。こわかった。誰より自分が、何よりこわかった。強がりは自分で、見透かされるのがいやで、いつだって逃げたかった。白石は知っているのに知らないふりをしてくれる。それだけで十分なのにあと一歩が出ない。自ら先に傷ついて弱いところを見せて待っている彼。
本当は、同情だったのだと思う。純粋に千歳千里に惹かれたのではなく、千歳千里の持っている危うさとか脆さとか。自分ならどうにか引き上げてやれる。自尊心を満たすような愚かな驕り。そんなものを満たしたかっただけかもしれない。でも今ははっきりと違うといえる。愛なんて大層で言葉ばかり重いものは持ち合わせていなかった。それ以上に形容する言葉も持ってはいなかったけれど。彼の恐怖を拭うために傷つくなら存分に傷つきたい。
手を取る。彼の体温は温かくも冷たくもない。引き寄せるとぴったりとくっつく。
手を取る。彼の体温は温かくも冷たくもない。引き寄せるとぴったりとくっつく。
「すいとおよ」
「うん」
きっと一生、わかりあえない。千歳は白石の想いなんて、白石は千歳の想いなんて。それでも二人はお互い偽物のような傷と涙で干渉して、溝を作って、埋める行為を繰り返す。
きっと一生、知りえない。互いに深海に沈むがごとく、溺れていくことに。本当はずっとずっと同じあぶくを吐きながら、泣いていることに。