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書きかえられたエンドマーク

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実験と、その後のレポートがあるから遅くなるとは言っておいたけれど、それにしたって
遅くなりすぎたな、と夜風をひゅっと胸に吸い込んでから思った。傍を横切る自転車の正
面を照らすライトが道の上でラインを引いて、闇の中で浮かび上がる。ぽつぽつと少し光
の破片を散らしながら輝く電灯の下を歩きながら、一人先に帰っているだろうギンタの事
を考えた。今頃どうしているだろう。ドアを開けて、最初に見る顔を想像する。その瞬間
が訪れるのが待ち遠しくて、思わず足取りが軽くなる。数分後への期待と高揚を抱えながら、
横切るライトが一瞬だけ身体の一部に当たっては通り過ぎていく。闇と同化していた自身
の陰が一瞬姿を見せては消えた。ツキヒコは足を止める。目の前の、見慣れたこじんまり
したアパートを見上げた。あそこに、会いたかった人がいる。誰も見ていないのに、顔が
熱くなって口元が弛んだのが分かると、思わずぱっと口元を押さえて見られないように下
を向いた。







階段を昇って、ギンタの家のドアの前に立つ。すっと一つ呼吸置いてからノックを二回して
みた。ドアの向こう側に意識を向ける。こちらへ向かう足音も、何も聞こえなかった。もう
一度ノックをしてみても、何も変わらなかった。さすがに少し不安になる。合鍵は貰ってい
ないし、それを求めていい関係でもなかった。携帯に連絡してみるかと、ポケットに手を伸
ばすと、鈍く光るドアの取っ手が視界に入った。鍵が開いてるかもしれない。思い浮かんだ
不正確な考えのままに、ツキヒコは取っ手に手をかける。ドアはすんなり開いた。ツキヒコ
が入ってきても、気がついていないのか何の反応もないのを不思議に思いつつ、玄関から部
屋までまっすぐに繋がる短い廊下を部屋にいるであろうギンタの反応を伺うように、静かに
足を進める。そっと覗き込むと、ギンタは中心にあるテーブルにノートとプリントを広げた
まま、突っ伏せるように寝ていた。テーブルの上にある缶の酒二本は開けられている。待っ
ている間に流石に待てなくなって酒だけ飲んだらしい。待たせていた時間を思うと申し訳な
くなって、苦い気持ちになった。鞄を適当に置いて、床に膝をつける。向かい合って座っ
ても、重なった両腕がまるで待たせた罰だと言いたげに邪魔をして、寝顔は見えないままだ。
「・・・疲れてんのにごめん、待たせて」
ギンタにだけ聞こえるくらいの声で呟く。反応はない。気持ち良さそうに寝息を立てている
ギンタを眺めながら、同じように両腕を重ねて、その上に顎を載せた。いつも余裕そうで、
むしろ眠くてここで寝てしまっていたのはツキヒコの方だったのもあってか、ギンタの心配
をしたことがなかったし、寝てる姿を見るのも初めてだった。もっと色々な姿を見せて欲し
かった。全部を知りたい。疲れている時だって、悩みがある時だって、ギンタがそのままで
いられるくらい近くにいたい。誰にも抱いたことのないこの感情の正体が分からないまま、
ただ無性に居心地がよくて一緒に居た。居心地のよさに尾を引かれて、直接言うのが怖くな
っている。でも、封じ込めてなかったことにはしたくない。肘を震える手で掴んで自分を抱
えるような体勢になる。どう言おうか、寝たままのギンタを前に惑う。時間だけが過ぎてい
くばかりで、どうしようもなくなったツキヒコは、傍にあった半分だけ残った缶ビールを雑
な手つきで掴むなり、一気に飲み干した。
「・・・もっとお前の傍に来たいのにな」
どうしたらいいか分からない、と胸中だけで吐き出して苦笑いする。途端に一気に炭酸と、
アルコールを摂取したせいか元から弱い胃が痛み出した。痛む胃を押さえる。回って欲しか
ったのはアルコールだけだったのに。酔えば、少しは素直に気持ちを言えると思っていたの
に、言えてない上に胃が痛むなんてついてない。ベッドに上体を寄りかからせる。鞄を引き
寄せて、少し痛みに眉を潜めつつ片手で薬を探していると、視界がうっすら翳りを帯びてい
た。気配の方に視線を向けて、息を呑んだ。
「ギ、ギンタ、お前、起きて――・・・」
「心配かけてごめんな。・・・俺もこうやって、傍に来て触れてみたかったんだ」
腹部を押さえるツキヒコの片手に、ギンタの手が重なる。切迫した瞳の光が痛々しい。そこ
に写るのは自分の姿だけなのだと思うと、呼吸が止まりそうになる。感情の波を塞き止めて
いた堤防の終焉の時を、初めて知った。これが、どうしようもないくらい人に惹かれて、求
めた果てなのだ。空いている方のギンタの手が、ツキヒコの肩を掴んで、くっと引き寄せる。
終わりの音が遠くで聞こえた。けれど、事の終わりに付き纏いがちな悲しさはない。どこか
やんわりと、温かいものもあるのだと気がつく。片手をそっとギンタの頬に添えて、今まで
の関係性の終わりと、一歩踏み出した先の新たな始まりの境目で、一瞬時を止めるようにツ
キヒコは目を閉じた。