空色
その男の色だった。
金の長い睫毛に縁取られた瞳の、接する大海の。それらは空の色といってしまうには些か深く濃すぎる気がしたが、同じなのだとその男は言い張った。
「思想的なことを言ってみようか?」
心臓であるパリは既に動かず、ヴィシーの傀儡に辛うじて呼吸を繋がれながら、その男は不敵に笑う。
「青は自由だ。くすまないし濁らない」
「自由」
その男の、フランシスの言葉をルートヴィッヒは復唱した。辺りは沈黙すら息を殺す廃墟である。微かにも眉すら動かさぬ声に潜む嘲笑は、フランシスの元に至って容易く暴かれるだろう。ルートヴィッヒにとってそれは別に隠す必要のないものだった。
「それは、我が国への愾意とみなすべきか」
さても辺りは廃墟である。かつての栄華、美麗さも、その言葉を借りるならば自由さえ、失われ捨てられ廃れた街。
これがフランシスの末路だ。後は隣国であるルートヴィッヒに媚びることでしか彼に生き残る道はない。
「まさか」
予想に違わず彼は肩を竦めて見せた。そうして綺麗な、としか表現の仕様のない笑みを浮かべる。凡そ瀕死と言っていい状況だろうに、その仕草さえ何処か美しい。ただ吐く息にだけは隠しようもなく血臭が混じるのを、ルートヴィッヒは満足げに眺めた。
「我がヴィシーはお前を歓迎しているよ、隣国殿」
死に態で吐く軽口だ、いっそ哀れなものではないか。
そう、後から思えばただそれだけのことだったのに、ルートヴィッヒは気付けば彼を殴り倒していた。廃墟には煩いほどの音を立てて、フランシスが崩れ落ちる。
「……空は」
応えのないフランシスを見下ろして、ルートヴィッヒは苛立たしく息を吐いた。たった一撃で意識を失ってしまうほどの有様の、横たわるその顔は、乱れた長い髪に覆われていて口元が辛うじて伺える程度だった。けれど何処か笑う余裕を未だ保っているようにも思える。
ばかばかしい、ルートヴィッヒはフランシスを殴りつけた拳を握り締めた。
(いつまでも蒼い訳じゃないことをお前は知っていただろう)
やがて翳り夜闇に落ちるものだ。その髪を避けてしまえば、窺えるのは苦悶の表情に違いない。
それでも瞼を開けばそこには変わらぬ青があることも、ルートヴィッヒは知っていた。ヴィシーに置かれた傀儡のはずの政権が、この廃墟をフランス全土に広げるのを留めていることも、未だまつろわぬ国民たちを守る盾になっていることも。
知っているから手に入れようと思った。
その狡猾で傲慢な、空の色とやらを。