【兎虎】Memorial Day
バーナビー・ブルックスJr.は今目の前に広がる風景に瞬間的に息を呑んだ。
『明日、僕と一緒に居てくれませんか?』
バーナビーが何度も言いかけて、やめようとして、それでも思いとどまることができず、やっとの思いで口にした言葉を、彼はいとも簡単に断った。
『悪い。明日はちょっと用事あるんだ』
苦い思いを押し殺し昼間忙しいなら夕食でも、と誘っても、彼は申しわけなさそうに首を横に振っただけだった。
それから約12時間過ぎて、バーナビーと虎徹はシュテルンビルト市立メモリアル・パークにて遭遇を果たしている。身体能力が常人より優れたネクスト同士だ。見ない振りをするというのは、最初から考えられない。
バーナビーが先に虎徹に気づいて、その後目が合った。こういう時は、何事もなかったかのように普通に挨拶をすればいいのかもしれない。昨日断られたことへのリベンジに皮肉を込めて、爽やかに「Nice Day!(いい天気ですね)」とまるで他人のように挨拶をするか、あるいは無視をしてもよかったかもしれない。
しかし不思議にもそのどれもが酷く滑稽に感じられて、バーナビーにはどうしてもできなかった。結局先に話しかけたのは虎徹の方だった。
「よお、バニーちゃんよ」
朝の公園はまだ閑散として静かで、虎徹の声がよく通った。朝露を含んだ芝生の匂いが新鮮な空気に混ざり合い、まだ涼しい風と化して首筋を擽って横切る。
「これは奇遇ですね、おじさん」
全身ブラックのスーツを着込んでいるバーナビーは目を細めて少し微笑んだ。でもちゃんと微笑んでいるか自信がない。虎徹がバーナビーを見て、彼の存在に気づいて、困ったような、どこかぎこちない笑みを刻んでいたからだ。その腕には、真っ白い百合の花束を抱えて。
「誰かの、お参りですか?」
「ああ――これか?昔家内が好きだったんでな。そっかそっか、お前は両親のお参りか。なるほど、ここでばったり会えるわけだ」
一人で自問自答し、納得した顔をする男が、この瞬間世界中の何よりも憎い。憎くて仕方がない。
バーナビーはこういう時に、メガネでよかったと思う。レンズが日差しを反射し、虎徹のいる木陰からは己の目の表情は見えないはずだ。バーナビーの沈黙をどう取ったのか、虎徹はいつもと変わらない、人のよさそうな柔らかい笑顔を向けてくる。
「時間、取って悪かったな。しっかりお参りして、気をつけて帰れよ」
肩をとんと軽く叩いて、虎徹はすっとすれ違って遠ざかっていく。
可笑しくない話だ。見渡せば、辺りは全て緑の芝生に包まれた碑だらけ。
この公園墓地にはシュテルンビルトができる遥か前、連邦の全身となった旧連邦ができ初めの頃、自由と平等のために戦った先祖が眠り、今ではその子孫の子孫に当たる市民たちが眠る。バーナビーの肉親と、かつて虎徹の妻だった女性が同じ場所に眠るとして、何の不思議もない。
(それにしても……)
理不尽すぎる。バーナビーは手にした花束をぎゅっと握りしめた。それでも持て余した感情を、込み上げる思いをどうしようもなくて。気がつけば、足が勝手に動き、虎徹の後を追っていた。
お参りに来ているというのに、いつものラフなベストとスラックスに、帽子まで被った非常識な格好だなんて、虎徹という男そのもので。そのいつもと少しの変わりもない後ろ姿を、バーナビーは全身で抱きしめた。
「っっ、バニー?」
「僕に、先に言うことないですか?おじさん」
「花束潰れちゃったじゃないかよ。少し離れろ、その後に話聴いてやっから」
少し困った声が、憎らしい。
「いいえ、僕は離れませんよ。おじさんが言うことちゃんと言ってくれるまでは」
後ろから頑なな抱擁を解かないまま、バーナビーは虎徹の肩に深く顔を埋めた。
「どうして、僕には何も教えてくれないんですか?」
今日あなたがどこで何をする予定だったのか、どうして僕と一緒にいてくれられないのか。
――僕は、あなたに大切な人が居たことも、結婚していたことも、その人が亡くなったことも、全く知らされなかった。どうして。
「もしかして、今日一日中、僕と会わないつもりだったんですか?だから奥さんのことも、黙っていたんですか?奥さんに、悪いから?」
「別にそんなわけじゃ…」
「じゃあ、何ですか?」
「いいから、いい加減離してくれ。人が来るぞ」
「嫌です。僕に隠しごとしていた罰として、今日一日一緒にいてください」
「べ、別に…隠してたわけじゃないってば」
それにしては、虎徹の声は小さい。
「約束してください。それとも、遥か昔の英雄たちが眠っている前で、フレンチ・キスしちゃいますよ?」
やっと肯定の答えが聞けた後、バーナビーは満足そうに虎徹を解放しかけ、思い直した。
「や、約束したんだから、キスは無しだろっ」
「―フレンチ・キスじゃなければ、いいんでしょ?」
バーナビーは問答無用で百合の花束を奪い取り、憎らしくも愛らしい男の唇を甘く塞いだ。
――言い訳は次の機会に聴きますから、今日一日黙って僕のそばにいてください。僕は今日一日、絶対あなたを一人にしません。
20110611
Fin
作品名:【兎虎】Memorial Day 作家名:千歳蘭