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映し鏡(白夜叉)

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いつからだろう、あいつが「白夜叉」と呼ばれるようになったのは。


攘夷を掲げ、十年も前から続いている戦争に加わってから、もうどれくらいの月日が過ぎただろう。ヅラあたりなら生真面目に数えてそうだが、聞く気はない。知ってもどうということはないし、どうしようもないのだから。
松陽先生が生きていた頃に剣を覚え、その後も怠ることなく腕を磨いてきた。それが功を奏したのか、戦での働きには役立っていたが。

「(だからだろうか、あいつが目を惹くのは)」

刀技だけでなく、あいつは腕っぷしも強かった。それに加えて際立ったのは、あの姿だろう。真っ白な髪に、全身を覆う真っ白な羽織、突き刺すような赤い瞳。
他の者とは違うそれを、周りは物珍しく、時に畏怖を込めて見ていたのを知ってる。天人みたいだ、とどこかで聴いたこともあった。俺ですら不意に聴いたことがあるのだから、当の本人のあいつもきっとあるだろう。
薄墨を引いたような空の下で、あいつの白い姿はよく目立った。それは天人への死への宣告であり、味方への希望の光でもあった。戦のたびに赤黒く染まるそれを、面倒くさがりのあいつは止めなかった。めずらしいと思いつつ、どこか固執しているようにも見えたから。
「高杉、」
ぼんやりと縁側に座って外を眺めていた俺に話しかけたのはヅラで、俺と同じように着流し姿だった。今日は銀時と辰馬が隊を率いて戦に出ていたから、俺達は宿舎に留まっていた。がやがやと騒がしくなったのは彼らが帰ってきたからで、特に目立った負傷者もいないとヅラは言った。
そうか、と素っ気ない返事を返しただけで、俺がその場を動くことはなく。母親のように溜息を一つ吐いて、無粋な足音を立てることなくその姿は消えていった。それを目の端で捉えてからゆっくりと立ち上がり、自分の部屋へと戻って隙間なく障子を閉める。
ぽつんと置かれた机の周辺には、これまでの戦での状況、武器の現状、次の戦に向けての策戦図だったりが散らばっている。書きかけの策が無造作に置かれ、続きを書くかと筆を手にとった。
とその時、誰の気配もしなかった縁側からふらりと気配がした。視線をやればそれは見慣れた白い夜叉だった。ああ、でも今は着流し姿になっていたが。
「何の用だ?」
つ、と視線を戻し、何事もなく筆を滑らせていると、背後からにゅっと腕が伸びてきた。腹の前で弱々しく、けれどがっちりと結ばれたそれは動くことを許さない鎖のようだった。肩にふわふわと柔らかい髪が触れて、擽ったくて身を捩れば腕の力が強くなる。
身体からは血の臭いが離れないのに、首筋には冷たい雫を感じた。おそらく、帰ってきて水を浴びたのだろう。風呂に浸かって血の臭いをとり、ゆっくりと疲れを癒してくればいいものを。それすらもおざなりにして、ここへ来たのか。
「銀時?」
「………」
「…銀」
ピクリと、微かに反応したのは気のせいではないだろう。それに諦めを含んだ笑みを浮かべながら、そっとまわされた腕に手を添える。重心も後ろにかけて銀時に凭れかかるようにすると、猫のように肩や首筋に頬ずりしてくる。
こんな姿を、誰が想像できるだろう。白い夜叉だと敵味方から畏れられるやつが、こんなに甘えただなどと。ヅラでさえ甘えただとは知っていても、その姿を見たことはないだろう。
此奴のこんな姿は、松陽先生と俺しか知らないのだ。
「……晋、」
「…ん?」
「…晋、……晋、」
すりすりと擦り寄って耐えきれなくなったのか、冷たくなった唇がそっと頬に触れた。軽く触れるだけのそれが擽ったくて、顔をそちらに少し向ければ今度は唇にそれを感じた。啄むような口づけを繰り返し、次第に深くなっていく。徐々に熱を帯びていく唇は熱くて、添えていた手はいつの間にかきつく絡めとられていた。
そっと瞳を開け目の前の銀時を盗み見て、どうしようもなく思う。

「(……此奴の、どこが夜叉だ、)」

幾つもの死線をくぐり抜け、実力が備わっているのも確かだ。だが「白夜叉」などと、名前ばかりが一人歩きしているのではないかと思って止まない。
護るために刀を振るう夜叉は、その度に不安に駆られている。ほとんどの者に植えつけられた、羨望という目に見えない重荷を背負って戦うことを。
斬るにつれて膨れ上がるそれを受け止めることもできず、こうして俺を求めてくる。夜叉となった自分を封じ込めるために、自分はここにいるのだと主張するかのように。
白夜叉などと、大層なものではない。此奴はただの、図体ばかりがでかい子供と同じだ。認めたくないのだ、自分の中の夜叉を。だからこうして、完全に染まらぬ内に俺に会いに来る。二人きりの時にしかしない呼び方をして、夜叉に囚われる前に戻してくれと無言で乞う。
「(認められないお前は、いつまで経っても囚われたままだってェのに…)」
怖がるお前は、自分を夜叉だと認めることをせずに生きていく。それがずっとお前を苦しめるのだと、莫迦なお前は気づかないんだろう。どうしようもなく愛しくて、こうして身を任せている俺が言えた義理でもないが。
俺は、戦場を勇ましく駆ける白い夜叉も、死んだ魚の目をした普段のお前も、同じように好いているのに。

「(気づけ銀時、でないといずれ…お前が喰われる)」

そう告げることができたなら、どんなによかっただろう。
作品名:映し鏡(白夜叉) 作家名:しらい