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映し鏡(修羅)

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いつからだろう、あいつが「修羅」と呼ばれるようになったのは。


松陽先生が亡くなって、攘夷戦争に参加するようになって暫くが経った。一時は光の見えない戦況に終息しかかった戦場が、また息を吹き返したように人が集まっていた。以前の義勇軍を率いていた者達がいなくなった後を支えた一人が、高杉だった。
それまでの武士達の戦いを見て、階級ではなく志で兵を募ると言い出した。それぞれに合った役目を与え、鍛え、纏め、そうしてできた鬼兵隊。ほとんどが武士で成り立っていた義勇軍の中でも異色であったが、それに見合う働きをした。何を莫迦げたことをと陰口を叩いていた者はいなくなり、その存在を敵味方の双方に示したのだ。
鬼のように強い鬼兵隊。その頭であり、鬼謀の策を練る総督として高杉は立っていた。異国風の身なりをして黒く長い陣羽織を纏い、戦場では不利だと思われるその体格で幾重もの戦地を駆けた。鎧を纏わず、スピードを重視して敢えて軽装し、誰よりも長く鍔のない長刀で敵を仕留めた。
誰が呼び出したのかなんて知らない。気がつけばあいつは、鬼兵隊総督の名の他に、「修羅」という二つ名で呼ばれていた。
「おーい、ヅラー」
「ヅラじゃない、桂だ。何だ銀時?」
「高杉知らね?どこ探してもいねェんだよ」
「あやつなら自分の部屋にいるのではないか?考えることがあると言っていたからな」
「…ふーん、あっそ」
久し振りの宴会の夜。今日はめずらしくまともな酒が呑めるってことで大騒ぎだった。物資の貧しいこのご時世には有難いことで、交渉を成功させた辰馬には感謝している。初めの内は揃って乾杯など交わして呑んでいたが、ふと気づけば高杉の姿がなかった。
あいつは鬼兵隊という自分の隊を持っているので、こうした宴会にも主に鬼兵隊のやつらと一緒にいる。そりゃ偶にヅラや辰馬とかと呑むこともあったから全くないってわけじゃないが、面白くなかったのも事実だ。
大勢で呑む時、あいつは俺よりも鬼兵隊を優先させることが殆どだった。隊の頭なんて普通なら嫌煙されるもんなのに、例に漏れて鬼兵隊に属するやつらは揃いも揃って高杉信者だ。単純に憧れてるやつもいれば崇拝してるやつもいるので、銀さんとしては気が気じゃないわけよ。あいつはそう簡単に靡きはしないけどね、でも懐に入れたやつは大事にするやつだから。
そんなこんなで目敏く高杉の不在を発見した俺は、厠と称してあいつを探す旅に出た。けれどどんなに探しても見つからず、不安が胸を過ぎるのは仕方のないことだろう。もう戻ってるんだろうかと広間に足を向ければヅラを見つけ、俺ももう抜けるわと告げて踵を返した。

あいつを探したのは、嫌な予感がしたからだ。酒好きのあいつが宴会を抜け出すことは今までなかったのに、ここのところは四人での呑みにも参加しないこともあった。
沸点が低いのでいつも険しい顔や仏頂面ばかりしているが、最近はそれに輪をかけて表情が堅い。気のせいならよかったのだが、日々の戦いを見ているとどうにも不安に駆られるのだ。誰よりも花鳥風月を愛し、歌を唄い、楽を爪弾いたあいつが。

「(あんな瞳を、したことがあったかよ…)」

天人に斬り込んだ時、崩れ落ちるそれを見据え、あいつは表情一つ変えなかった。動揺も迷いも揺れ動くものは一切なく、ただ凍りつくような冷たく鋭い瞳で見ていた。
身体中に血を浴びても臆することなく斬り続け、時には仲間を庇い、傷を負うのにその瞳は揺れなかった。
戦いが終わった戦場で一人佇むあいつは、目を離したら消えてしまいそうだった。黒い色で覆われたその姿は逞しくもあり、その場に溶け込みそうなほど儚くもあった。
話しかければ、笑うのだ。人を莫迦にしたような笑いだが、時折とても綺麗に。その時は見えないあの冷たい色が、どうしても気になって仕方なかった。
「…あ、」
高杉の部屋の縁側にさしかかるために曲がると、探し人の姿は外にあった。ぼんやりと空を見上げ、何をするわけでもなくただ呆然と立ち尽くしている。今宵は晴れているが雲が厚く、月明かりも細々としか射し込まないというのに。
何を見ている。その意志の強い瞳で、お前は一体何を見てる?
「……銀時?」
気づけば腕の中にその身体を包んでいて、さらさらと手触りのいい髪に唇を寄せる。警戒した様子もなく、いつもなら出てくる悪態もない。
「お前ね、もう少し警戒しなさいよ。銀さんじゃなかったらどうすんの」
「テメェ以外にこんなことする物好きいねェだろ」
「わかってねーなお前、されてから『あ、違った』じゃすまねーんだぞ?」
「……お前を間違えるかよ、」
そう零して身体を捻り、胸元に擦り寄ってくるのが可愛くてゆっくりと抱き込む力を強める。盗み見るようにその顔を見れば、色白の肌が目に痛かった。
細い髪を指先で擽って遊び、するりと掻き上げて普段は隠れている額にそっと口づける。そのまま瞼、眦、頬へと滑り、煽るように赤い女のような唇に触れる。
抱きしめればわかる線の細いこの身体の主を、どうして「修羅」だと言えるだろう。いつの間にか自分についた白夜叉という二つ名と同じように、修羅という名は天人にも広く知られるようになった。どんな大男かと思いきや、周りの男の中では小柄な男がそう呼ばれている。
見た目には修羅だなんて物騒な名は似合わないのに、それを裏付ける才を高杉は持っていた。それこそが名の由来だと思う。そして、此奴もそれを否定しないのだ。

「鬼を率いる修羅とは、中々上手いこと言うじゃねェか」

いつだったか、そう笑いながら言っていた。何事もないように、平然と。それを聞いて、ますます胸が苦しくなった。こんなに細くて小柄で、憎たらしいけど仲間想いで、実は誰よりも繊細で一途な此奴を、どうしてそう呼べる。
普段は「銀時」と呼ぶその声が、「銀」と柔らかくなることを知っているのに。俺ですら白夜叉という名に押し潰されそうになることがあるのに、息苦しくなることがあるのに。
お前には、ないってのか?謂れのない二つ名に、お前は苦しんでねェのか?

日に日に、お前の心が見えなくなっていく気がする。ずっと、いつまでもその優しい心に触れていたいのに。変わらぬ声で、変わらぬ仕草で、変わることなく傍にいてほしいのに。

「(晋…、お前の心は、此処にあるよな…?)」

他の誰でもない、俺の隣に。離れることなく、今までのように傍にあるよな?そう告げることができたなら、どんなによかっただろう。
作品名:映し鏡(修羅) 作家名:しらい