無自覚
「さっさと死んだ方が魔法界の為だぞ、似非英雄」
「はっ、魔法界に代々寄生するダニに言われたくないね」
課題の資料に必要な書籍は早い者勝ちの図書室でのこと。一冊の本を間にしてグリフィンドールとスリザリンはぎりぎりと睨み合った。
激昂し場所柄をすこんと忘れ去った二組…の一部によって漏れなくマダム・ピンズのお怒りを買い、当然の如く一纏めに追い出された。資料を得られなかったと、自分まで追い出されてぷりぷり怒るハーマイオニーに叱られながら。
その次は渡り廊下だった。
「退けよ、マルフォイ」
「お前こそ退け、ポッター」
互いに反対方向から進んだ二組は互いに前方から来る顔に気付いた途端、顔を険しくさせて歩みを止めるどころか速度を上げ突き進んだ。
渡り廊下の中央で鉢合わせるなり同時に口火を切り、キッと睨みあう。燃えるような緑と冴え冴えと冷え切る青灰色。
誰が呼んだかマクゴナガル教授が駆け付け事なきを得た。喧嘩両成敗な多少の減点と共に。
その次は―クィディッチ競技場。
「ブラッジャーに衝突して墜落死してしまえ」
「ゴールポストに激突して憤死しろ」
紅いローブと深緑のローブを翻し、箒を滑走させる二人は肩をぶつけ合いながら罵り合った。
ルールのみでなくスポーツマンシップに則った道義的マナーを学ぶよう、練習試合を中止させたマダム・フーチに懇々と説教されるまで。
それはハグリッドの小屋へ行こうかと三人連れ立った土曜の午後のこと。ホグワーツ城の廊下を抜け、坂下の小道へと続くアーチ型の扉を出たところで。
ハグリッドの小屋と禁じられた森しかなさそうな崖下にどんな用事があったのか知りようも無いが、クラップとゴイルを引き連れたドラコが城内に戻ろうとするところだった。まさにかち合ったのは。
それからずっとレベルの低さを保ったままの罵倒の連続。過去数年にわたって何度も何度も何度も何度も繰り返した、それ。
「…」
ハーマイオニーは冷めた目を細めて二人を見詰めた。もう我慢の限界。
「どうでもいいけれど貴方達、飽きないの?」
「邪魔をするな、穢れた血め」
間に割り込むふわふわの栗毛へ見下した一瞥を流し、ドラコは冷徹に言い放った。
殴り掛からんばかりにカッといきり立つロンを片腕で制したハーマイオニーは自身が侮辱されたとは感じ取れない冷静なもの。自分に売られた喧嘩は自分で買うと、一歩前に出てハリーに並んだ。
「あぁあら、ハリーとの折角のランデブーをお邪魔して悪かったわね」
「な!何を莫迦なことを…っ」さっ、とドラコの目元に朱色が走った。
白磁の肌によく映える色だこと、ハーマイオニーは見上げた。
「私、聞いてるの。死ね死ね言い合い続けて飽きないのって」
「ふん、本当に死んでくれれば鬱陶しい顔が消えて清々するね」
「そう」
ハーマイオニーはドラコの顔から僅かも視線を外さなかった。見据えたまま隣に立つハリーの肩にそっと手を置くと、曲げた肘を伸ばした。
「…ぇ…っ?」
味方からの攻撃に何を構えようも無く、ハリーは横に倒れた。いや、落ちた。小高い丘の上に建つ城への小さな入り口の両サイドはなだらかとはいえ…崖。一度滑り落ちたら遥か下方まで止まりそうになく、飛び出た石や木々にぶつかり怪我ではすまないかもしれない。
「えぇ…っ」
声も出せないドラコにはぐらりと落ちていくハリーがスローモーションのように写った。ゆっくりと見開かれる緑の瞳、揺れるくしゃ髪、片足はとうに地面から離れていて体が重力に連れ去られてしまう。
「…ッター!」
咄嗟に駆け寄り腕を伸ばしたのは無意識。青白い顔を更に青冷めさせて、しっかりとその身体を抱き留め地上に縫い付ける。
地に付けた膝が泥に汚れるのも構わずドラコは宙から奪い取った身体を闇雲に抱き締め、落ちかけたハリーもその腕の中に我武者羅にしがみついた。互いに小刻みに震えながら。
「ほーぉぅら。死ね死ね言い合いながら、いざ死のうとすると身を挺してでも庇うんじゃないのよ」
目を細めて見下ろすハーマイオニーが纏う空気は北極のブリザードが如き、淡々と紡ぐはキロ単位の厚さを誇る南極の氷よりも冷たい絶対零度の声色。
「いい加減素直になりなさいよね、傍迷惑よ」
抱き合う二人へ言い捨てて唖然とするロンの腕を引きハーマイオニーは当初の目的地、小屋へと続く坂道を進んだ。
「クラップ&ゴイル、貴方達も暇なのでしょ。何よりお邪魔虫よ、一緒にいらっしゃい」
有無を言わさぬ口調に大柄な二人は顔を暫し見合わせた後、のっそりと続いた。我侭お坊ちゃまのお守りで、命令には無条件に従うべしと染み付いてしまった体質だ。
「…君、おっそろしーこと…するね」
どこをどう突っ込むべきか。振り返る勇気を持たず、先程見た現実を咀嚼し切れてないロンは取りあえずぼやいた。ハリーがあのまま落ちたらどうするのだと。
「何の為に杖を持ってるのよ、私達」
ちゃんと構えておいたわと右手にしたままの杖先を振って見せた。
そも。こんな面倒まで見させないで欲しいわとぷりぷりぷりぷり、足取りがそのお怒りを表現している。触れてしまった何とかに祟りを頂戴したくないロンは、賢く黙り込むことを選んだ。
不可思議な面子での訪問はハグリッドを驚かせた。残した怒りにハーマイオニーは眦を吊り上げていたし、ロンは疲れた顔をしてごにょごにょと挨拶をした。その二人と共に居るのが、何故だか一緒じゃないハリーの代わりにスリザリンのでかいの二人ときてはハグリッドの興味心をくすぐるには十分だった。とにもかくにも中に入れと顔を笑み崩して巨大なマグに紅茶を注いだ。焼き上がったばかりのお手製ケーキを添えて。
大抵の者が密かに、もしくははっきりと嫌忌し残される事の多かった哀れなケーキを、さらっと平らげたクラップとゴイルはハグリッドを甚く喜ばせた初めての客人となった。嬉しさに咽び泣く半分巨人族にまた来いと約束させられていた。
「…手。離せよ、ポッター」
「そー…それはそっちだろ。腕、離せよ」
「お前が先に離せ」
「なんだよ、そっちから抱き付いてきたんだろ」
「誰が助けてやったと思ってるんだ」
「助けてくれなんて頼んでない。君が勝手にしたんだ」
「だったら僕の手を振り解けばいいだろ」
「だからそっちが先に離せって言ってるんだ」
「なんで僕から。嫌だね」
「僕だって嫌だ」
コンパクトな体付きの割りに威勢はいいハリーを、離せ離せと言いながら抱き心地の良さに離す事などできず、ドラコの腕はぎゅうぎゅと吃まるばかり。
落ちかけた浮遊感から救い上げてくれた腕は思いの外強靭で、自身をすっぽり収めてしまう体格の差に羨望と嫉妬と…覚えた安堵感を手離したくなくてハリーはひしと縋りついた。
互いに伝え合う体温と心音にやっと自覚した。本心を。
「ほんっと、世話の焼ける人達!」ハーマイオニーは巨大なマグをドン!とテーブルに叩き置いた。
彼女の目論み違いと言えば、それで二人の喧騒がなくなるかと思いきや改善の余地は全く無く。ロンは既にお手上げ。時間外食事に通い始めたクラップとゴイルはとうに姿を消し済み。
ただ少しの変化は刺々しかった空気がピンクに摩り替わったことだろうか。最も、それが益々憤らせたハーマイオニーに叱り付けられるオチが定番となっただけのこと。
「はっ、魔法界に代々寄生するダニに言われたくないね」
課題の資料に必要な書籍は早い者勝ちの図書室でのこと。一冊の本を間にしてグリフィンドールとスリザリンはぎりぎりと睨み合った。
激昂し場所柄をすこんと忘れ去った二組…の一部によって漏れなくマダム・ピンズのお怒りを買い、当然の如く一纏めに追い出された。資料を得られなかったと、自分まで追い出されてぷりぷり怒るハーマイオニーに叱られながら。
その次は渡り廊下だった。
「退けよ、マルフォイ」
「お前こそ退け、ポッター」
互いに反対方向から進んだ二組は互いに前方から来る顔に気付いた途端、顔を険しくさせて歩みを止めるどころか速度を上げ突き進んだ。
渡り廊下の中央で鉢合わせるなり同時に口火を切り、キッと睨みあう。燃えるような緑と冴え冴えと冷え切る青灰色。
誰が呼んだかマクゴナガル教授が駆け付け事なきを得た。喧嘩両成敗な多少の減点と共に。
その次は―クィディッチ競技場。
「ブラッジャーに衝突して墜落死してしまえ」
「ゴールポストに激突して憤死しろ」
紅いローブと深緑のローブを翻し、箒を滑走させる二人は肩をぶつけ合いながら罵り合った。
ルールのみでなくスポーツマンシップに則った道義的マナーを学ぶよう、練習試合を中止させたマダム・フーチに懇々と説教されるまで。
それはハグリッドの小屋へ行こうかと三人連れ立った土曜の午後のこと。ホグワーツ城の廊下を抜け、坂下の小道へと続くアーチ型の扉を出たところで。
ハグリッドの小屋と禁じられた森しかなさそうな崖下にどんな用事があったのか知りようも無いが、クラップとゴイルを引き連れたドラコが城内に戻ろうとするところだった。まさにかち合ったのは。
それからずっとレベルの低さを保ったままの罵倒の連続。過去数年にわたって何度も何度も何度も何度も繰り返した、それ。
「…」
ハーマイオニーは冷めた目を細めて二人を見詰めた。もう我慢の限界。
「どうでもいいけれど貴方達、飽きないの?」
「邪魔をするな、穢れた血め」
間に割り込むふわふわの栗毛へ見下した一瞥を流し、ドラコは冷徹に言い放った。
殴り掛からんばかりにカッといきり立つロンを片腕で制したハーマイオニーは自身が侮辱されたとは感じ取れない冷静なもの。自分に売られた喧嘩は自分で買うと、一歩前に出てハリーに並んだ。
「あぁあら、ハリーとの折角のランデブーをお邪魔して悪かったわね」
「な!何を莫迦なことを…っ」さっ、とドラコの目元に朱色が走った。
白磁の肌によく映える色だこと、ハーマイオニーは見上げた。
「私、聞いてるの。死ね死ね言い合い続けて飽きないのって」
「ふん、本当に死んでくれれば鬱陶しい顔が消えて清々するね」
「そう」
ハーマイオニーはドラコの顔から僅かも視線を外さなかった。見据えたまま隣に立つハリーの肩にそっと手を置くと、曲げた肘を伸ばした。
「…ぇ…っ?」
味方からの攻撃に何を構えようも無く、ハリーは横に倒れた。いや、落ちた。小高い丘の上に建つ城への小さな入り口の両サイドはなだらかとはいえ…崖。一度滑り落ちたら遥か下方まで止まりそうになく、飛び出た石や木々にぶつかり怪我ではすまないかもしれない。
「えぇ…っ」
声も出せないドラコにはぐらりと落ちていくハリーがスローモーションのように写った。ゆっくりと見開かれる緑の瞳、揺れるくしゃ髪、片足はとうに地面から離れていて体が重力に連れ去られてしまう。
「…ッター!」
咄嗟に駆け寄り腕を伸ばしたのは無意識。青白い顔を更に青冷めさせて、しっかりとその身体を抱き留め地上に縫い付ける。
地に付けた膝が泥に汚れるのも構わずドラコは宙から奪い取った身体を闇雲に抱き締め、落ちかけたハリーもその腕の中に我武者羅にしがみついた。互いに小刻みに震えながら。
「ほーぉぅら。死ね死ね言い合いながら、いざ死のうとすると身を挺してでも庇うんじゃないのよ」
目を細めて見下ろすハーマイオニーが纏う空気は北極のブリザードが如き、淡々と紡ぐはキロ単位の厚さを誇る南極の氷よりも冷たい絶対零度の声色。
「いい加減素直になりなさいよね、傍迷惑よ」
抱き合う二人へ言い捨てて唖然とするロンの腕を引きハーマイオニーは当初の目的地、小屋へと続く坂道を進んだ。
「クラップ&ゴイル、貴方達も暇なのでしょ。何よりお邪魔虫よ、一緒にいらっしゃい」
有無を言わさぬ口調に大柄な二人は顔を暫し見合わせた後、のっそりと続いた。我侭お坊ちゃまのお守りで、命令には無条件に従うべしと染み付いてしまった体質だ。
「…君、おっそろしーこと…するね」
どこをどう突っ込むべきか。振り返る勇気を持たず、先程見た現実を咀嚼し切れてないロンは取りあえずぼやいた。ハリーがあのまま落ちたらどうするのだと。
「何の為に杖を持ってるのよ、私達」
ちゃんと構えておいたわと右手にしたままの杖先を振って見せた。
そも。こんな面倒まで見させないで欲しいわとぷりぷりぷりぷり、足取りがそのお怒りを表現している。触れてしまった何とかに祟りを頂戴したくないロンは、賢く黙り込むことを選んだ。
不可思議な面子での訪問はハグリッドを驚かせた。残した怒りにハーマイオニーは眦を吊り上げていたし、ロンは疲れた顔をしてごにょごにょと挨拶をした。その二人と共に居るのが、何故だか一緒じゃないハリーの代わりにスリザリンのでかいの二人ときてはハグリッドの興味心をくすぐるには十分だった。とにもかくにも中に入れと顔を笑み崩して巨大なマグに紅茶を注いだ。焼き上がったばかりのお手製ケーキを添えて。
大抵の者が密かに、もしくははっきりと嫌忌し残される事の多かった哀れなケーキを、さらっと平らげたクラップとゴイルはハグリッドを甚く喜ばせた初めての客人となった。嬉しさに咽び泣く半分巨人族にまた来いと約束させられていた。
「…手。離せよ、ポッター」
「そー…それはそっちだろ。腕、離せよ」
「お前が先に離せ」
「なんだよ、そっちから抱き付いてきたんだろ」
「誰が助けてやったと思ってるんだ」
「助けてくれなんて頼んでない。君が勝手にしたんだ」
「だったら僕の手を振り解けばいいだろ」
「だからそっちが先に離せって言ってるんだ」
「なんで僕から。嫌だね」
「僕だって嫌だ」
コンパクトな体付きの割りに威勢はいいハリーを、離せ離せと言いながら抱き心地の良さに離す事などできず、ドラコの腕はぎゅうぎゅと吃まるばかり。
落ちかけた浮遊感から救い上げてくれた腕は思いの外強靭で、自身をすっぽり収めてしまう体格の差に羨望と嫉妬と…覚えた安堵感を手離したくなくてハリーはひしと縋りついた。
互いに伝え合う体温と心音にやっと自覚した。本心を。
「ほんっと、世話の焼ける人達!」ハーマイオニーは巨大なマグをドン!とテーブルに叩き置いた。
彼女の目論み違いと言えば、それで二人の喧騒がなくなるかと思いきや改善の余地は全く無く。ロンは既にお手上げ。時間外食事に通い始めたクラップとゴイルはとうに姿を消し済み。
ただ少しの変化は刺々しかった空気がピンクに摩り替わったことだろうか。最も、それが益々憤らせたハーマイオニーに叱り付けられるオチが定番となっただけのこと。