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甘えたがりが甘えられ

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学生寮の一室。そこは新一年生用にと割り当てられている部屋。
「志摩…志摩…」
まるで今にも泣き出しそうな声色で目の前の人物の名を呼び、抱きしめているのは、勝呂竜士だった。
一方それとは対照的に、志摩廉造は、少し困ったような笑みを浮かべ、必死なまでに自分に抱きついてくる勝呂を受け止めていた。
体格だけを見れば、本来は逆の構図がしっくりくるだろう。でなくとも普段の彼の姿を知っている人間からしてみれば、彼がこんな状態に陥っている事そのものに対してまず驚くことだろう。というよりも何より、彼らは男同士である。
いつの頃からか、時々、なにか悪い病にでもかかったように、勝呂は廉造にすがってくるようになった。それはまるで頑是ない子供が悪い夢でも見た時にするような、あまりに極端な甘え方だった。一体、彼の中でどういう拍子に訪れるのかはわからないが、不意に二人きりになった途端であったり、勝呂の方から呼び出された時にされたりと、決してこれといった計画性があるものではないようだった。
普段、彼がこんな調子でない時は、もっときちんと――というのも少々おかしな表現だが――彼自身の自我と理性を持った状態で抱きしめられる。
だが、今の彼はそうではない。
「恐いんや……不安でたまらん……押し潰されそうになる……」
廉造の胸元に顔を押し付けているせいでくぐもった声が、弱々しく心の闇を吐露する。普段はストイックなまでに己の目標に向かい、同門の幼馴染たちを引っ張っていく彼が、だ。
恐らく今まで他の誰にも見せたことはないだろう。幼い頃から付き合いの長い廉造だとて、初めて彼のこんな様子に遭遇した時は、驚いたものだ。
明らかにこれが異常な状態であるとわかってはいるが、もう何度もこういう場面に遭遇していたので、廉造は動揺を見せることもなく、慣れた様子で己に抱きつく勝呂の背中を宥めるように撫で続けていた。
「坊、坊……。大丈夫ですよって。坊が恐がることは、何もあらしません」
廉造を呼び、日頃は隠して押さえこんでいる闇の部分を口にする勝呂の姿は情けないものだろうが、こうして背を撫で、大丈夫だと声をかけ続けてやれば、いつしか体の強張りも消え、いつもの勝呂の姿に戻るのだ。それ以外には特別な事は何も必要ない。ただ勝呂が落ち着くまで廉造が一緒に居ればいいだけのことだった。
初めこそ多少なりとも驚きはしたものの、慣れてしまえばたったそれだけの簡単なことだと、廉造はとらえていた。
どうしてまたこの発作が起きた時に勝呂が求めるのが廉造なのかはわからないが、少なくとも彼が知る限りでは、こうした姿を見せた上に救いまで求める対象は廉造だけのようだった。勝呂の性格を考えると、他の人間にもこんな醜態を晒しているなどとは口が裂けても言わないだろうし、していたとしてもそれをわざわざ廉造に報告する意味も無ければ義務もない。仮に知ったところで廉造がすることも特に変わりは無いのだが。
実は前に一度だけ聞いたことがある。
「子猫さんには言わはりませんの?」
具体的な例として、もう一人の幼馴染の名前を出してみた。別に他の明陀の人間でも良かったのだが、勝呂の甘えの対象になっている廉造と同じような条件を最も揃えているのは、その幼馴染だと思ったからだ。
だがそれを口にしてみた途端、すっかり落ち着きを取り戻していた勝呂は、苦い顔をして廉造に言った。
「阿呆。子猫に言えるわけないやろ。あいつはあいつで一人きりで家のこと背負って、必死で頑張ってんのや。付いてきてくれてるだけで十分やのに、その上、俺一人のこんな事で面倒見せられるわけないやないか」
「さよですか……」
ならばこの自分は良いのか、と廉造は思う。
けれどその思いは、決して悪い意味でのものではない。
(坊、それってある意味、めちゃめちゃ愛されてるって思っててもええんですかね)
子猫丸には見せられないという彼のこんな姿を見せることができ、更にはその状態の面倒を任せるに足る相手だと思われているのだ、と自惚れたままでいてもいいのだろうか。
格好つけた表向きの姿だけでなく、こんなみっともない弱々しい姿すら見せられる、それだけ心許せる相手だと、彼に想ってもらえているのだと。
(ほんならめっちゃ嬉しいわ)
普段は甘える事のない人間が、唯一甘えを見せる相手。それが自分である、という事実に優越感を感じないわけはない。何せ相手は日頃から周囲の人間に当たり前のように大切にされ、好意と敬意を向けられている人なのだから。決して選択肢が少ないわけではない。他の誰かにしていたっておかしくはないのに、それが真実、廉造だけに向けられているのならば、それを喜ぶ以外の何があるのだろう。
加えて言えば、普段は末っ子の五男として、どちらかと言えば甘える事の方が多い立場の自分が、逆に甘えられる側になるのが新鮮だったし、純粋に嬉しかった。
だから時々見せる、こんな弱い姿をも愛おしいと思わずにはいられず、いつもはこちらから坊、坊、とじゃれついているのが逆転して、志摩、志摩、と呼び求められるのも可愛く思えて仕方がない。
「志摩……」
また名前を呼ばれ、はいと返事をする。
「大丈夫ですよ、坊。俺が一緒におりますからね」
彼には悪いような気がするけれども、この先もずっとこうして自分だけに弱音を見せ続けて欲しい。
勝呂にはわからないように、彼の後頭部にそっと唇を落とした。少し硬くて癖のある髪の毛は小さい頃からずっと変わらないものだ。
(あー、もうずっとこのまんまでおりたいなあ……。これはこれで、可愛い坊とかたまらんわ)
けれども、いつもの強気で真っ直ぐな彼に甘えることも捨てがたい、甘えたがりの五男が、自分を抱きしめる彼の背中を優しく撫でてやることを止めることは無く、普段通りの彼がいつものように戻って来るのを、ただじっと待っていた。
作品名:甘えたがりが甘えられ 作家名:ヒロオ