今はまだ
蛮は、最近ひょんなことからコンビを組んで“GetBackers”という奪還屋をやる事になった。しかし…、まったく仕事がこない。
「仕事こないね。」
「………」
「俺お腹減ったよぉ、ねぇ美堂君。」
てんとう虫の助手席に座っている蛮の相棒、天野銀次に蛮の拳骨が落とされる。
「んあー!痛いよ美堂君!」
「てめぇ、今日何回『腹減った』って言いやがった!金がねぇんだよ!ちったぁ分かれカミナリ小僧が!!」
「だから俺は、カミナリ小僧じゃなくて天野銀次だってば!!」
蛮は、横目で銀次を見る。
本当にコイツがあの無限城の“雷帝”なのか?そりゃ初めて会った時はそれなり見えたが、今俺の目の前に居るガキが“雷帝”だと言ったら百人が百人嘘だと笑うだろう。
「ねぇ美堂君、波児さんの所行ってご飯食べようよ~」
「…チッ。しょうがねぇな。」
先ほど金がないと言いながらも蛮もそろそろ限界なのだ。蛮でさえ限界なら、銀次の方は相当腹が減っているはず。
ったく、俺はいつからこんな甘くなっちまったんだ。情けない。等と思いながら、蛮はてんとう虫ことスバル360のエンジンをかけながら小さく舌打ちをした。
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「サンポール!なんかメシ出しやがれ!」
HONKY TONKの扉をくぐるなり蛮のこの暴言。隣りに居る銀次が慌てる。
「み、美堂君!いきなり何言うの!?波児さんに失礼だよ!」
「うるせぇな、てめぇさっき腹減ったって言ってなかったか?いらねぇなら帰れよ。」
「誰もいらないなんて言ってないじゃん!俺は、美堂君の言い方が悪いって言ってんの!」
そんな風に言い合いながらも隣り同士に座る蛮達を見て波児は苦笑してしまう。
「お前達、もう少し静かに入ってこれないのか?」
「うるさいのは、美堂君だけです!」
「あぁ?なんだと!?」
「ホントの事でしょ!」
「分かった分かった。それで何食べるんだ?」
いつまでも続きそうな言い合いを止めようと波児はついつい聞いてしまう。
俺も心が広いなぁ。
波児は、自画自賛でもしなければやってられないと思った。
「ブルマンとホットサンド」
「俺オムライスと特製ブレンド!」
「ん、ちょっと待ってな」
しばらくすると奥からコーヒーのいい匂いがしてきた。
「わぁぁ~いい匂い!」
銀次は、待ちきれないとでも言う様にイスから立上がり奥をのぞいている。
そんな銀次の様子に蛮は呆れたように溜息を吐く。
「もう少しだから大人しく座ってろ。ったくホントガキだな。」
「もう、美堂君はいっつも一言多いんだから!普通に言えないの?普通にさぁ…」
「普通ってどんなだよ。」
「うっ……」
うぅ、と目に涙をためている銀次は、男の蛮から見ても可愛らしく見える。
しかし蛮は、自分の中の感情を無理矢理ねじふせた。この頃銀次に対して、このような可愛い等という感情がわき上がる時がある。自覚はしている。今日の様に、腹が減ったと言われてHONKY TONKに連れてきてしまったり、昔の蛮なら誰かの為にわざわざ車を走らせるなど考えられない。
どうしたものかと煙草に火を付けながら考えていると、蛮は自分を呼ぶ銀次の声に反応できなかった。
「…ぅくん…みどうくん…美堂君!!」
「っ!!」
ボーっとしてしまっていたのだろう。気付くと銀次の顔が蛮の目の前にあった。
「大丈夫?どっか具合悪いの?」
「別に、何でもねぇよ。」
「銀次ー。持ってってくれー。」
「はーい。」
タイミング良く、奥から波児が声をかけてきた。銀次はパタパタとホットサンド、オムライス、ブルマンに特製ブレンドをトレーに乗せて持ってきた。
「ハイ!……美堂君、これだけでたりるの?」
「てめぇみたいな大食いとは違うんだよ」
「俺は普通だよ。美堂君が小食なの。」
「ヘイヘイ、さっさと食っちまえよ。」
「もう……いただきまーす。」
きちんと手を合わせてうれしそうに食べ始める銀次を蛮は少しの間、手を止めて見つめる。
スプーンを持つ指、ちょうど光の加減でキラキラと光る金髪の髪、やわらかそうな頬、男にしてはふっくらとしている唇。
蛮は銀次のすべてに触れたいと思ってしまった。
「美堂君、やっぱり具合悪いんじゃないの?」
食事の手を止めてしまっていた蛮を心配して銀次も食事の手を止め、突然額と額を合わせてきた。
「っ!!」
「んー、熱はないみたい。どうしたんだろう?」
銀次が喋るたびに息がかる。蛮は自分の心臓の音が、うるさいくらい聞こえた。
オイオイ、勘弁してくれ!と思うと同時に、蛮は銀次の頭に拳骨を一発お見舞いする。
「大丈夫だから、離れろ馬鹿。」
「んあー!ひどいよ!もう知らない!!」
それから銀次は少し剝れながら、蛮は僅かに頬を染めながら、二人してただ黙々と目の前の物を食べた。
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食べ終わるとやる事も無いので二人はてんとう虫に戻った。
満腹になった銀次はウトウトし始める。
「………今日は、やる事ねぇから寝ていいぞ。」
「うん。……ねぇ美堂君…」
眠たそうな声を出しながらも、なんとか伝えようと銀次が蛮の方へと顔を向ける。
「何だよ。」
「ん、…あのね…、熱とかなくって良かったなぁって」
その瞬間、蛮の鼓動が不自然な音をあげた。
銀次があまりにも綺麗に微笑むから。
「俺本当に心配したんだよ?」
「…大丈夫だって言ってんだろうが。ったく何回言ったら分かんだよお前は。」
蛮は自分の動揺を隠すように、乱暴だが痛くない程度の力で銀次の頭を撫でてやると、うれしそうに目を細める。
「へへ。美堂君やさしい。」
「あぁ?てめぇ、寝ぼけてんだろう。さっさと寝ろ。」
「うん。おやすみ、美堂君。」
「おぉ。」
数分とたたないうちに、銀次から気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
寝息と同じように気持よさそうな寝顔を見ると、金色の髪に触れながら蛮は苦笑する。
「んっ……」
髪から頬に指先を動かすと擽ったっいのか少しだけ銀次は顔を歪めたが、すぐ元の寝顔に戻った。
先ほどの不自然な鼓動や、今の銀次の寝顔を見て穏やかになっている自分の気持ちを蛮は一瞬考えるも、銀次の寝顔を見ていると今は何も考えずにこいつの寝顔を堪能しようと思考を中断し、僅かに優しい眼差しで銀次を見つめていた。