王様携帯
夜、数学の宿題と格闘していると、充電中のもう一人のボクが話しかけてきた。
「相棒」
もう一人のボクは、ボクのことをそう呼んでくれる。
「どうしたの? メール?」
ボクは手を止めて、振り返った。もう一人のボクは、首を横に振って、不安そうな目でこちらを見てきた。
「オレは立派な携帯か?」
突然、なにを言い出すんだろうと思った。
「なあに? どっか、故障でもした?」
ボクは勉強机を離れて、充電中のもう一人のボクのところまで行った。正面にしゃがみ込んで、顔をのぞき込む。「そうじゃないんだ」と、もう一人のボクは言った。
「オレは相棒の携帯として、ちゃんと役に立っているのかと気になってな」
「ボク、君のこと役に立ってないなんて言った?」
「言ってない。しかし……」
もう一人のボクは、ずいぶんと思い詰めた様子で目を伏せた。
「しかし、なに?」
「相棒は、あんまり、オレを必要としてくれていないような気がする。電話もメールも、滅多に使わないだろう?」
「それは、もう一人のボクのせいじゃないよ」
ボクはそもそも、電話もメールも、あんまり使わない方なのだ。たまに城之内くんや杏子と、遊びに行く計画を立てるときにやりとりするくらいだ。
めずらしく誰かからメールが来たと思ったら、出会い系から一方的に送られてきたやつで、かなりきわどい文面を、もう一人のボクが抑揚なく朗読しはじめたときには、かなり焦った。それ以来、そういうメールが来たら、そのまま削除してねって言ってある。
そんなわけだから、ボクが電話もメールも使わないのは、もう一人のボクには全く関係ないことなのだった。それをこんなに気に病むなんて。いくらいろんな機能がついてても、やっぱり携帯電話っていうくらいだから、電話として使ってほしいものなのかな。相棒として、これはなんとかしなくちゃと思った。
「じゃあ、これからはもっと電話やメールも使うようにするから。ね?」
「ほんとか?」
もう一人のボクの顔がぱあっと明るくなった。
「うん。ほんと。さっそくメール打ってくれるかな。充電終わった?」
「ああ! 任せてくれ相棒!」
よかった。元気になったみたい。ボクはほっと胸をなで下ろした。
「それで? 誰に打つんだ?」
「えーっと……」
誰にしようかな。城之内くんや本田くんは、ボクと同じでメール無精。となると、ここは杏子かな。
「じゃあ、杏子にお願い」
うーん。なんて打とう。ふと、さっきまでやってた宿題のことを思い出した。解き方を聞きたいところだけど、メールじゃ向こうも教えづらいだろうし、遅い時間だからあんまりめんどうな内容を送るのもためらわれて、悩んだ末に、ボクはそのままをしたためることにした。
「『もう一人のボクが退屈みたいだから、メールしてあげてくれないかな』ってお願い」
これはこれで面倒な用件かもしれないなあと思ったけど、杏子も、もう一人のボクのことは気に入ってたみたいだし……、まあいいか。
「わかったぜ、相棒! 復唱するから確認してくれ。『もう一人のボクが退屈みたいだから、メールしてあげてくれないかな』だな? 送信するぜ!」
ボクの言葉を元気よく繰り返してから、もう一人のボクはメールの送信を完了した。
「はい、ありがと。じゃあ、ボク、宿題の続きするから、返信来たら教えてね」
「来たぜ!」
「ええ!? はやっ!」
さすが女の子だなあ。
杏子からのメールは、もう一人のボク宛というよりは、ボクたち両方に向けたものだった。
ボクらは慎重に文面を練り上げ、どの絵文字を使うか議論を重ねつつ、再び杏子にメールを送った。すぐにまた返信が来た。もう一人のボクが電話やメールをしたがってるって伝えたら、それをおかしがってるみたい。
「ハートの絵文字付きだぜ、相棒」
とか言って、もう一人のボクが両手でハートマークを作った。杏子からのハート……。いやいや、きっと深い意味なんてないに決まってる。それに、あったとしても、もう一人のボクに向けたものかもしれないし。
その日は結局、寝るまでそんな感じでメールのやりとりが続いた。杏子とこんなにメールしたのははじめてだ。
なんだかんだで週末、一緒に遊びに行く約束もしちゃったし、もう一人のボクに感謝だ。新しいストラップでも買おうかなあ。もう一人のボクに似合いそうな。シルバーの。そんなことを考えながら、ボクはいつものようにもう一人のボクを枕元において眠りについた。