お茶
先ほど出張から帰ってきた雄二へ淹れてあげるお茶。僕の一割の愛情と九割の悪意の混じったそれを持って、事務所のドアを開けた。自分のデスクに座って首や肩をまわしている雄二に近づいた。
「ん、お疲れ様」
「あー、まあ疲れた」
どこの家庭の会話だよと自らつっこみたくなったけれど、あえて墓穴はほらなかった。だって、色々と死にたくなるもの。
湯飲みの乗ったお盆を差し出せば、雄二は湯飲みを手に取る。
さあ飲め、飲み干せ!
お盆を抱えて念じる。だが、雄二は中途半端なところで腕を止めてこちらを睨んできた。
「なあ、明久?」
ゆらりと立ち上がる雄二。僕の本能が叫ぶ。逃げろと。
「僕、給湯室片付けてく」
「まあ待てやこのやろう」
がしっと肩をつかまれた。逃亡失敗。ついでに作戦も失敗。顔に出すぎたらしい。次の教訓だなと思いながら笑顔をはりつけて振り返った。
「なに、雄二。早く飲んじゃってよ」
「お前も喉渇いているだろう? これ飲んでいいぞ。俺はさっきペットボトル買っていたことを思い出したからな」
「僕は雄二が帰ってくる前にお茶しちゃったんだよだからそれは雄二が飲んでいいよ」
「いやいや、遠慮するなって。な? ――いいから口開けろ」
「あっはっは何を言っているの、自分で淹れたお茶はもう飲み飽きちゃったよ。――お前が飲め」
互いに笑顔での会話は、引けない最後の防衛線。
雄二は肩を掴んでいた腕を外し、すばやく僕の顎を掴んでくる。危機を感じてとっさに唇をかみしめた。
「ほら明久、口を開けろ」
優しく、ものすごく優しく雄二が言う。
……とても怖い。
顎をつかまれた範囲で必死に首を横に振れば、雄二はさらに優しく微笑んだ。やばい、本気でやばい。
「明久、あーん」
ガタガタと身体が震えてくる。本気で怒ってる…!
しかしここで恐怖に負けて口を開くわけにはいかない。最近体験していない臨死体験をすることになりそうだから…!
絶対にそれだけは阻止しなければ…!!
「んんん、んんんんん…っ」
「悪いが何を言っているのか判らない」
嘘つけええええええ!!
アイコンタクトでも十分会話が出来る僕達が、何を言っているのか判らないとか、そんなことはない。あえて判らない振りをしてやがるこいつ。つっこむために口をあけるのを待っているのだろうか。いや、そんな生ぬるいことはしないはず。強引に開けにくるだろう。
お盆を投げ捨て、両手をあける。顎をつかんでいる雄二の腕を両手で掴んだ。
「どうした明久?」
「…………っ」
歯を食いしばり力を入れる。腕をはがそうともがけば、雄二はさせまいと顎にかける指に力をいれてきた。
「い――――ッ!!」
ギリギリと絞まる顎が、かなり痛い。だが、ここで口を開けばゲームオーバー、お久しぶり三途の川。
それだけは。
それだけは、嫌だ…!