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カタルシス

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一体、何故こんな事態になってしまったのか。
花道は寝て崩れてしまったリーゼントを掻きむしった。
隣ですやすや眠る恐ろしい程の美貌を惜しげもなく晒す男に逆ギレとわかっていながら殺意を向けて睨みつける。
――オレがこんなに悩んでいるのに、この野郎!!
もちろん声には出していないが、花道は心の中で叫ぶ。
なにしろ水と油、犬猿の仲と言われ続けてきた男、流川楓と言葉通り一夜を過ごしてしまった。
それも誘ったのは自分。
そこまで考えて花道はまた頭を掻きむしる。
忘れたい。あぁ、忘れたい!!どうかしてたんだぁぁ!!!!!!

昨日、自主練のために残った体育館で花道は足を挫いてしまった。
それは思いの外酷く、立ち上がれずに足首をおさえていた花道に、同じく自主練で残っていた流川が近寄り、手当したのがきっかけだった。

その時、思ってしまった。
こいつ、意外とイイ奴じゃん!と。

練習を続けることができなくなった花道をわざわざ遠回りしてまで送ってくれた流川に思わず「あがってけば。」と言ってしまったのが花道の運のつきだった。
誘われるまま部屋へあがった流川に手作りの料理でもてなし、どうせならもう泊まってけと秘蔵の酒まで振る舞った。
酒は好きだがめっぽう酒に弱い花道は早々にダウンし、ほとんど夢現の中、流川に耳元で囁かれた「好きだ。」の言葉に、つい。
そう、つい誘ってしまった。
周囲には純情ヤンキーだの、童貞くんだの好き勝手言われているが、実はそれなりに経験がある。
和光中時代、洋平達と知り合う前は毎日のように遊んでいた。
それこそ女も男も問わずというかなり節操のない中坊だった。
そんな花道だから、耳元で聞こえた欲情の籠った低いテノールに思わず、手が出てしまった。
かつてこんなに自分の節操のなさに後悔したことがあっただろうか。
「はぁ…。」
ぐしゃぐしゃになってしまった頭を抱え込む。
隣ですやすやと気持ち良さそうに眠っている男に蹴りの一発でも食らわせようかと思ったが、流川を受け入れた箇所がズキズキと痛んできてやめた。
とりあえずシャワーを浴びようと怠い身体を奮い立たせた。

濡れた髪をガシガシと拭きながらいまだに起きる気配のない流川を眺める。
これが名前も知らない行きずりの相手ならば、こんな悩む必要などないのに。
それにしても……
ふと、昨晩の言葉を思い出す。
流川が耳元で囁いた「すきだ。」の言葉。
あれは、なんなのだろう……
「…っと!やべぇ遅刻しちまう。」
棚に置かれた時計が既に7:45を示しているのに気づき、花道は慌てて洗面台へと足を運ぶ。
いつもならばどんなに遅刻しても気にしないのだが、赤点王の花道にインターハイ出場の条件として担任が出したのが〝遅刻しないこと〟だった。
急いで仕度を済ませた花道は、眠っている流川の横に走り書きのメモと家の鍵を残し家を跡にした。


***********************

「……どあほう?」
目を覚ました流川は昨夜ともに過ごしたはずの花道の姿が見えないことに焦った。
狭い部屋をそれこそひっくり返すように探すが、いない。
ひどく落胆した流川の目に映ったのは花道の文字で書かれた《先に行く。鍵はポストへ入れろ》というメモ。
-------あれは夢ではなかった。
愛しげにメモを撫でると、添えてあった鍵に目を移す。
……合鍵を作っておこう。
恋愛の前にモラルは既に存在していなかった。


***********************

「花道ぃ、どうしたんよ。」
登校してくるなり机に突っ伏してしまった友人は、ぶつぶつと何かを呟いていてとても不気味だ。
いつもならば洋平が訊ねれば聞いていないことすら話してくる花道が何度聞いても何も言わない。
―――どうしたもんかな。
意外に秘密主義なこの友人はまた意外に口が固い。
何かあったのは確かだけれどこの様子だと絶対に何も話さないだろう。
「ま、話したくなったら話せよ花。」
早々に諦めて慰めるように頭をポンポン叩く。
花道は「あ~」とか「う~」だの唸って聞こえていたかわからないが、洋平は気にするでもなく、教室の窓から空を眺めた。


作品名:カタルシス 作家名:ろく