二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

いつかを恐れる

INDEX|1ページ/1ページ|

 
寒い。すごく寒い。
まめまめしく家事をこなす同居人を見守りながらぼくは心の中で呟いた。
こないだ受けた依頼の報酬が入ったおかげで珍しく火鉢に炭が入っていて、部屋の中はとても暖かいというのに。
さっき淹れてもらったばかりのお茶(出涸らしだけど)がぼくの手の中でじんわり温かいというのに。
それなのに、なんだか無性に寒い。


ところで話は変わるけど(一体誰に対して言ってるんだろう)、ぼくはつい最近まで動物を飼っていた。飼っていたとはいっても、我が家で餌だの何だとの生活面での世話をしたことはないのだけど。
ぼくはその動物のことが案外気にいっていたんだと思う。それはぼくにとても懐いていて、会いに行くたびにその大きな体で尻尾振りながら飛びついてきた。普段猫のように気まぐれでその上他人を小馬鹿にしたような態度をとる動物のそんな素直な様子を、ぼくは妙にかわいらしく思ったものだった。
奔放ではあるが腐っても英才教育を受けたエリートだったその動物は、決して僕に噛みつきはしなかったし(ある意味では噛まれることも多々あったけれど、まあ真っ昼間からするような話ではないので省略しておこう)、走って追い掛け回してくるようなこともしなかった(最初はある意味追いかけられたとも言えるけれど)。
それに、他人に対して警戒心の強い動物がぼくの前でだけ甘えや弛緩した穏やかな笑顔を見せたりするとなれば、愛着も自然とわいてしまうというものだろう。

ただ、ぼくは、ある時急に思い出してしまった。あいつが“軍用”に教育されたとびきりエリートの“犬”であるということを。
いくら猫のような気性で烏のように黒づくめで犬にとって毒であるはずのチョコレートを平気な顔でガンガン食べていたとしても、あいつはぼくがこの世で一番嫌いな動物、犬でしかなく、しかもその犬の後ろには軍がいる(ぼくが今一緒に暮らしている狐や昔馴染みの友達である動物たち、子供のころから今までずっとずっと探し続けている烏。そのほか奴の仲間以外の世の中のすべての動物を殺すことが軍の仕事だ)のだということを。
ぼくはそんな重大なことをすっかり忘れていた。優しく丁寧にぼくを扱う仕草や上にのしかかられた時に感じる息苦しくない程度のやわらかい重み、暑苦しすぎず冷たすぎない適度なぬくもり。そのほかいろんなこと全てがぼくの知っている犬とは似ても似つかないものだったから。

ぼくは怖くなった。
あいつが突然牙を剥き、ぼくの喉笛に噛みついてくる日がくることが。ぼくの大切な狐やそのほかの動物たちにあの牙が向けられる日がくることが。
あるいは軍とは相容れない立場にあるはずのぼくが、懐いてくるあのいきものを裏切り傷つける日がくることが。
今はひっこめている牙を剝きだしにして最初に相手に噛みつくのがあいつであれぼくであれ、これ以上情が移ってしまう前に離れておこうと思った。いつかは必ずくるその日のために。
だからぼくはあの犬を捨てたんだ。


なぜぼくは唐突にこんな与太話を頭の中で展開し始めたのか。別にたいした理由があるわけじゃない。
ただ、あの動物が住む暖房設備の整った屋敷の暖かいあいつの部屋で温かい紅茶でも飲みながらあの真っ黒な毛並みを撫でてやれば少しはこの寒さもまぎれるんじゃないか、そう思っただけのことだ。
そんな感傷的なことを割と本気で考えてしまった自分に、余計に寒くなったような気がした。心が。我ながら本当にどうしようもない。
軍もあいつもぼくも全て消えてしまえばいい。それが無理なら、せめてぼくのこの感傷だけでも。
作品名:いつかを恐れる 作家名:松田