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いつかを望む

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“なんかおいしいネタか依頼落っこってないかな~街に探しにいってくるね~”
“ああぁもう、原稿進まないぃ!気分転換もたまには必要だよね、ちょっと街まで出かけてくる!”

勘ちゃんはごくたまーにこんな感じでぷらっと出かけていくことがあった。私がそれを止めたことはほとんどない(“もうすぐ締め切りなんだから早く帰ってくるのよ!”とかって釘を刺したりはよくしたけど)。出かけていく勘ちゃんの本当の目的が別のところにある場合があるってなんとなくわかってたから。

帰ってきた勘ちゃんから私の嗅いだことがないいい匂いがしたり、締め切りが迫っているのに書くことが思いつかなくて行き詰ってた顔が少しおだやかになってたり。そんなことが何回かあったから、勘ちゃんが適当な口実を付けて出かけていく時は街ではないどこか、それも大事な何かがあるところに行く時なんだなって、勝手にそう思ってた。
直接勘ちゃんに訊いたことはなかったけど、私の推測は多分はずれてなかったと思う。

先週も勘ちゃんは“ちょっと気分転換~”なんて言っていつものように出かけていった。ただ、行ってきまーすっていつもみたいに手を振って出ていった勘ちゃんの笑顔が、なぜか少し悲しそうに見えた気がして、私はちょっとだけ不安になった。帰ってきた勘ちゃんがごく普通の、いつもとなんら変わらないお気楽な顔をしていたものだから、その不安は私の気のせいだったんだってほっとしたけれど。


ああでも、先週の私の不安は気のせいじゃなかったのかもしれない。ヨーコちゃん、と心なしかいつもより大人しい声で名前を呼ばれて、胸がざわついた。こっちに背を向けて何やら作業をしているせいで勘ちゃんの表情が見えなくて余計不安になる。私は少し緊張しながら勘ちゃんの言葉の続きを待った。

「この前ね、ぼくの知り合いの家で飼ってた犬が死んだんだ」
「…犬?」

予想から外れた内容に拍子抜けする。やっぱり私の気のせいだったのかしら?それならいいんだけど。オウム返しみたいに犬?とだけ返した私にうん、そう、となんでもないような風に相槌を打って、勘ちゃんは続けた。

「ぼくがその家に行くたびにでかい図体して飛びついてくる、うっとうしいやつだったんだ。」
「勘ちゃん犬嫌いだものねえ」
「そうなんだよ。離れろって言っても離れないし、ぼくよりでかい犬だから重たいし」

ほんと困ってたんだよねー、と苦笑いしてから、けどもう二度と会えないと思うと、なんとなく寂しい気がするなと思って、と勘ちゃんは小さく呟いた。

「変だよねぇ、犬なんて大っ嫌いなのに」
言いながらこちらを振り返って湯呑に口を付けた勘ちゃんの顔はその声音通り苦笑いの表情を浮かべていたけど、私にはなぜか泣いているように見えた。実際に泣いてるわけではなかったけど、今度こそは絶対に、私の気のせいなんかじゃない。
女の勘かはたまた狐の勘か、それとも勘ちゃんの家族として暮らしてきた経験のなせる技なのか。理由は分からないけど、今勘ちゃんは本当は泣きたいんだろうなって思った。

「きっと、その犬が勘ちゃんにとって特別な犬だったのよ」
「…そうだったのかもね」

そう答えた時既に勘ちゃんは作業を再開していてこちらから顔は見えなかったけど、いつになく寂しげにこぼされた穏やかな声は私の胸を締め付けた。

「勘ちゃんにそんな風に思ってもらえて、その犬は幸せね」
「そんなことないよ」
「あるわよぉ。勘ちゃんがその家に行くたびに飛びついてきたんでしょ?
 きっと、勘ちゃんに会えるだけで嬉しかったのよ、その子。
 その上犬嫌いの勘ちゃんに自分がいなくなったことを悲しんでもらえるんだから、もんっのすごい幸せ者よ」

“ものすごい”の辺りに思いっきり力を込めてそう言ったら、ありがとねヨーコちゃん、と少し笑ったような声が返ってきた。あっちを向いたまま作業の手を止めない勘ちゃんが実際のところどんな顔をしていたのか、私には見えなかったけれど。多分私がそれを見てしまうことを勘ちゃんは望んでいないだろうと思ったから、傍へは寄らずあえて少し距離をとったままでいた。

黙々と作業を続けるその背中に向かっていいのよ、しおらしい勘ちゃんが見られて新鮮だわ~なんて茶化しながら、私は泣きそうになった。
見栄っ張りで嘘つきな彼は、大事な何かを失った悲しみを私にこぼすなんてまねは出来なくて、けれどいつものように悲しみを笑顔で上手に覆い隠して強がることもかなわずに、あんな話をしたんだと思う。
勘ちゃんにとってのその何かがなんなのか私にはわからない。
だから、せめて願う。
素直に悲しいと言うことさえできない彼が、悲しいと感じる必要がないくらい幸せにしてくれる何かに出会える日がいつか来ることを。
作品名:いつかを望む 作家名:松田