二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ロンドン橋おちた

INDEX|1ページ/1ページ|

 
“もうここへは来ない”。

先生の口が静かな声で僕への別れの言葉を紡いだ。僕は反駁の言葉を返そうとした。
鬼喰い天狗が見つかっていない今、僕らが本来の立ち位置で争うべき必要はまだない。せめてもう少し、僕らは一緒にいてもいいだろう。そう思ったのだ。
けれど何も言えなかった。

怒っているような泣き出す一歩手前のような微妙な感じできゅっと寄せられた眉に、伏せられた瞳。
あんた結局どういう顔を作りたいんだよって訊きたくなるような混沌としたその顔は、いっつもお上手に作られた嘘っぱちの表情ばっかり浮かべる先生の白い顔に、珍しく浮かんでいる本当の表情なんだろうと、そしてその表情が意味する感情は(多分僕の思い込みや願望なんかではなく確かに)寂しさや悲しみとかそういう僕との別離を厭う系統のものなんだろうと、そう感じたから。
もういいや、もう十分。強がりでもかっこつけでもなんでもなく自然とそんな風に思えた。

ちっちゃい時からしつこくしつこく、まるで振られてもまだ渡辺に言い寄ってくる諦めの悪い女みたいに凄まじい執念で鬼喰い天狗を探し続けているあんたのことだ、どうせいつか本当にやつを見つけてしまうんだろう。そうすれば僕とあんたは正式に敵同士になり、互いに策張り巡らせて戦わなきゃいけなくなるんだ。
それまでは一緒にいたかったんだけど。
まぁ鬼喰い天狗を見つけた後ではもっとすっぱりあっさり容赦なく捨てられていたかもしれないから、むしろこれでよかったのかもしれない(あ、なんか今自分で思ったことに自分で凹んだ)。

「先生」
「…なに」
「死ぬまで、僕のこと忘れないでね」
「…お前みたいな生意気で嫌なガキ、忘れられるわけがないさ」
「そう、それは光栄ですね」
「…っ、それに、これでも、ぼくはお前のこと、」

―――愛してたんだ。

先生が呟くと同時に、僕が愛してやまない先生の綺麗な瞳から涙がこぼれた。そんな直接的な言葉を言われるのはいつかの4月1日以来だった上に嘘泣き以外で先生の涙を見たことがなかった僕はいろいろびっくりして、思わず先生を抱きしめてしまった。
先生の薄っぺらな肩が小さく震えた。
この人貧乏だからうちの屋敷で出すお茶菓子とかを食べないようになったら栄養失調で死ぬんじゃないだろうか。死なない程度には蓮見先生がお節介焼いてくれるといいんだけど。

「僕は先生のことなんて大嫌いだよ」
言いながら先生の背中にまわした腕に力を込める。今まではカルシウムどころか栄養全般足りていないだろう細い体に遠慮していたけど、これでもう最後だから思いっきり。
若干苦しげな声で名前を呼ばれても力は緩めなかった。骨が折れた感触はない。こんなことならもっと前からこうして力の限り抱きしめておけばよかった。僕は少しだけ後悔しながら言葉を続ける。
「あんたがいなくなっても全然平気なんだ」
だから僕のことなんて気にしなくていいよ、ほんとはそこまで言ってやりたかったんだけど、言わなかった。自分よりずっと年下のいたいけな少年引っかけたんだ、その少年の行く末もちょっとくらいは気にしてください。


とりあえず僕の言いたいことは言い切ったので、先生の反応を待った。
ていうか棒立ちかよ、抱きしめ返せとまでは言わないけどせめて僕の服の裾握るくらいしてくれてもいいんじゃないの。最後だというのに出し惜しみして本当にケチな人だ、とか思ってたら背中に手が回されて、一瞬だけ力が込められてまたすぐ離れた。

「もう二度とお前に会うことがないよう願ってるよ」
先生にしては優しい動きで僕の体を押し返しながら、小さな苦笑とともにもらった最後の言葉。先生の表情にも声にももう涙は見えない。
「奇遇だね、僕もそう思ってたんだ」
僕がそう返すと、先生は“よくできました”とでも言いたげな顔でにこりと笑んだ。だいぶ前、僕の家庭教師をしに来る蓮見先生にくっついてうちに来ていた頃によく見せていた大人の顔だ。他人向けに作ったよそ行きの顔。
本当はいつだったかに見せてくれたことのある素の笑顔(多分あれは素だった、きっと)が見たかったけど、状況が状況だけに仕方ないか。もう、その作り笑顔が最後に見るあんたの顔でいいから、二度と僕の前に現れないでください。

“敵対関係になるくらいならもう会えなくていい”

僕(とそして多分先生も)の最後の望みは多分叶わない。
作品名:ロンドン橋おちた 作家名:松田