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満天

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「あれが秋の四辺形ですよ」

頭上の光を指差して柳生は言った。
しかしどの星のことを言っているのかさっぱりわからない。“四辺形”と呼ぶからには4つの星なんだろうが、そもそも俺の目は3つしか星を見つけられていない。眼鏡をしていても俺より視力が低いはずの柳生になぜ俺が見えない星が見えているんだろうか。
(自分がかけとる眼鏡のレンズに映った街灯の光でも見とるんじゃないかこいつ)
下らないことを考えている間も柳生の懇切丁寧な説明は続いていた。あれはアンドロメダでその横がペルセウス、その斜め上がおばけくじらなどと、ろくに光の見えない暗い空を指差しながら言う様子はいつになく楽しそうだ。

「…お前天体に興味あったん?」
知らんかった、と俺が言うと「特別好きというわけではありませんが」と存外気のない言葉が返ってくる。ああほうなん?とこちらも気のない反応をしたが、柳生はマイペースに空を見上げていた。
「ただ、単なる点の集合から物語をつくりだすその発想力は素晴らしいものだと思います」
「…まあなぁ」
さっきまであれだけペラペラと解説していた星座のことを“単なる点の集合”と簡素に表現するとは、相変わらず身も蓋もない物言いをするやつだ。雨のことは“空が流した涙”とかなんとかポエティックな表現をしていたくせに。
「ギリシャ人は妄想が趣味やったんかのう」
「想像力が豊かだったんでしょうね」
ジャッカルにでも言えば「その言い方は情緒がなさ過ぎる」とでも呆れられそうな俺の言葉にも隣の眼鏡はしれっと返してくる。とは言っても特殊な反射をするレンズのせいで表情が見えない柳生は基本的にいつでもしれっとしているように見えるのだが。
しれっとした顔のまま空に軽く一瞥をやった柳生は、ずれてもいない眼鏡を軽く押し上げるような仕草をして、それっきり無言になった。
沈黙が落ちる。
もともと俺達は共通の話題が少ないので二人でいる時に会話が途切れることは珍しくもなかったが、今日はやけにこの静けさが落ち着かなかった。隣にいる柳生の気配がどこか浮ついているように感じるのは多分俺の気のせいではない。

「柳生」
「何ですか?」
「今度プラネタリウムでも行くか?」
もちろん本当にプラネタリウムに行きたいと思っての言葉ではなく、かといって普段するような言葉遊びの類でもない。ただこのいつにない妙な空気をどうにかしたくて適当に投げかけただけの意味のない言葉だ。しかし柳生はそんないい加減な言葉さえきちんと受け止め反応を返してくる。紳士ゆえに。
「デートみたいですね」
「……お前さん、今日はえらくノリがええの」
いつも通りの礼儀正しい笑みを浮かべた柳生が唐突に放った問題発言を“ノリがいい”の一言で片付けていいものかどうか若干迷ったが、結局それで片付ける。いや、片付けたかった。そんな俺とは反対に、その言葉を片付ける気などさらさらなかったらしい柳生は、さらに不穏な言葉を俺の耳に捻じ込んできた。
「浮かれているのかもしれません」
何に、なんてことは尋ねるまでもなく察しがつく。そしてその予想は多分当たっている。そう思うと隣から感じる視線が余計に面映く、俺はマフラーに顔を埋めた。横目でちらりと柳生を見ると、見慣れた紳士的な微笑にほんの少しだけ照れたような色が混じった。その普段よりは庶民寄りの(ちなみにいつもは紳士寄りだ)笑顔に後押しされたんだろうか、俺は思わず口を開いてしまった。
「…なんに?」
「あなたが私の気持ちを受け入れてくれたことに」
「……ほうか」
こちらの激しい脱力や少しの動揺に気付いているのかいないのか知らないが、とにかく柳生は平然と「そうです」と答えた。その涼しい顔がこころなしか嬉しそうだと思う、これもある意味妄想だろうか。決して透けて見えることのない眼鏡の向こう側に勝手に表情を読み取ってしまう自分は、もしかすると点の集合体から物語をでっちあげることもできるタイプの人間なのかもしれない。
「俺ギリシャ人かもしれん」
呟くと、柳生は『はてなんのことでしょう』とでも言いたげな曖昧な笑みを浮かべわずかに首を傾けた。その無言の問いには答えない。答えようもない。

それからは無言で二人歩き続けた。
一度だけ柳生の横顔を盗み見たがすぐに気付かれて紳士的な微笑みを向けられた。その際こちらに顔を向けたやつの眼鏡が車道を走る車のライトをうまい具合に反射し、そのせいで俺は非常に眩しい思いをしたのでそれ以降はもう柳生の方を見ていない。



「先程の話ですが」
別れ際、ふいに柳生が切り出す。
“先程”がいつのことを指すのかわからなかったが今日はとにかくろくな話をしていないというのは確かだ。また何かこっちが居た堪れなくなるようなことを言い出すんだろうかと思いながらもとりあえず目で続きを促す。

「仁王くんが仁王くんなら私はそれで構いませんよ」

―――私は、どこの国の人間であろうとあなたのことが好きです、と。
柳生の口から出てきたのは案の定ろくな言葉ではなかった。
返す言葉も見つからず、半ば無意識に“先程”同様「ほうか」と投げやりな相槌を返しながら俺は思った。“ギリシャ人になりたい”と。日本語がわからず、柳生がどんなに恥ずかしいことを言っても知らないままでいられるギリシャ人に、今無性になりたい。
我ながら突拍子もない考えだが結構本気でそう思った。
作品名:満天 作家名:松田