侍戦隊花見する
満開の桜の下、紺のジャケットの肩や茶色の髪に薄桃色の花びらを降らせながら、流ノ介が叫んでいる。
天気がいいから庭で花見でも、という茉子とことはの提案で皆で庭先に出たはいいものの少し肌寒かったので上着を取りに行っていただけなのだが、まるで俺が神隠しにでも遭ったかのような大騒ぎをされ、逆に出ていきにくくなった。
黒子達が気遣わしげにこちらを見やる。
「…どうしたんだ流ノ介」
「はっ、殿!ご無事で!?」
「ああ。…というより屋敷内で無事も何もないだろう」
「それはそうなのですが…、殿があまりに音もなく姿を消してしまわれたので、よもや桜に攫われてしまったのではないかと…!」
「…“桜に攫われる”?」
じいもそれなりに心配症ではあったが、さすがにそんなことを心配されたことは今まで一度もない。歌舞伎界特有の言い回しだろうか。
俺がそんなことを考えていると、後ろから伸びてきた手がペシッと軽い音を立てて流ノ介の茶色い頭をはたいた。千明だ。
「バカかおめぇは。それ本気で言ってんのか?」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!佳人が桜に攫われるのはよく言う話じゃないか!」
「言わねえ。そんなん聞いたこともねえ」
まるで小さい子供の言い合いのような二人のやりとりに「流さんと千明ほんまに仲ええねえ」と微笑ましげに見ていることは。その横では茉子が呆れた顔をしている。
「ちょっと、流ノ介も千明もやめなさいよ子供じゃないんだから」
「だってなんだよ桜にさらわれるって。“君の瞳に乾杯”とか言うような奴だってさすがにそこまで突拍子もないことは言わないっつーの」
「千明こそそれどんな例えよ…。まぁ言いたいことは分からなくもないけど。ていうか流ノ介、“佳人”って女の人に使う言葉じゃない。丈瑠に対して使うのはおかしいわよ」
「そっ…、それは言葉のあやというものだろう!第一私は突然お姿が見えなくなった殿を心配しただけであって…!」
茉子のもっともな指摘に一瞬言葉を詰まらせたものの、すぐに気を取り直し声高に喋りはじめた。が、続く言葉によって遮られる。
「ていうか私やことはの心配はしてくれないわけ?まあか弱い女きどるつもりもないからそれは別にいいんだけど」
「いや、茉子とことはは…なんというか…、あれだ、佳人というには儚さが足りないな」
「あー、たしかに」
真面目な顔で言ってのけた流ノ介と、さっきまでの言い合いがなかったかのように流ノ介の横でうんうんと頷いている千明。気が合うのか合わないのかどっちなんだ。
失礼ね、と怒ったような顔をする茉子と意見が一致したらしい男二人の間で、ことはがどうしたものかと眉を下げている。
対戦相手が入れ替わり立ち替わりの言い合いが終わるには、どうやらもう少しかかりそうだ。
「あいつらはまたやっておるのですか」
「じい」
後ろからした声に振り返ると、湯呑が載った盆を手にしたじいが立っていた。
どうぞと差し出された茶を受け取り縁側に腰掛ける。湯呑を両手で包むと、てのひらがじんわりと温かい。
盆を脇に置いたじいも俺の隣に腰を下ろした。茶を啜りながら「毎日毎日飽きもせず…」とぼやいている。そのくせ流ノ介たちを見るその顔はまるで自分の孫でも見ているかのように優しげなのだから素直じゃない。
「殿」
「なんだ」
「賑やかな花見もいいものですなあ」
「花見と言う割に誰も花を見ていないけどな」
俺自身、さっきから流ノ介たちのやりとりにばかり気をとられている。そう言うと、それも花見の醍醐味ですぞと笑いながら返された。
花見なのに花を見ないとは不思議なものだが、そういうものなのか。
内心首を傾げながらも湯呑に口を付けると、口の中に緑茶のまろやかな甘みが広がった。自分の手の冷たさが伝わったのか少し冷めていて、猫舌にはちょうどいい具合の温度になっている。
去年は桜の薄桃色にじいの薄茶、黒子の黒だけだった庭に、今年は青紅緑黄色が加わった。そしてそれに比例して増えた声、あいつらがここへ来るまでは考えられなかったこの騒々しさも。
「まぁ…悪くはないな」
呟くと、少しの照れがあったせいで平常より小さくなった俺の声をきっちりと拾い上げたらしいじいが、でしょう?とやけに嬉しそうに頷いた。
おわり
↓↓おまけ
「殿さまー」
「なんだ?ことは」
「茉子ちゃんがこれから桜餅作ってくれはるって!殿さまは道明寺と長命寺、どっちが好きですか?」
「俺はどっちでも…。それより茉子が作るのか?」
「なによその顔。失礼ねー。ちゃんと本見ながら作るし黒子さん達にも手伝ってもらうから大丈夫よ」
「あ、茉子ちゃん。殿さまどっちでもええって!やったらうち道明寺のがええなぁ」
「あらそう?じゃあ道明寺にしましょうか」
「やったぁ、おおきに茉子ちゃん!」
「今年の花見は気が抜けないな…」
「…念のため、胃薬を用意させておきましょう」