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手を伸ばして、そして彼は。

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※9話妄想話。

「おじさん、本当に肩もう大丈夫なんですか?」
「押されたりすりゃ痛いけど。もう日常生活に支障はねえよ」
 シャワーの後包帯を巻きなおすのを手伝ってもらいながら、虎徹が苦笑した。確かに火傷と裂傷が重なり、通常の外傷よりは治るのが遅かったけれども、そこまで酷い怪我じゃなかったはずだ。だから自分は入院もしていないし、自宅療養も命じられていないし、毎日出社している。
 それなのに、この年下の相方は、いたく虎徹の怪我を心配していた。それまでの態度なんか嘘のように。いや、今まで通り、ツンツンしているのには変わりないが、ふと年相応の青年らしさを出すようになってきた。まるで懐かなかった子猫が懐いたかのようで、虎徹はひそかに嬉しかった。


 赤子とホァンが寝たのを確認したバーナビーが帰ってきたときにはもう既に途中で買ってきた酒の山をリビングに広げていた。
 シャワーを浴びた後巻くのを手伝った包帯が目に痛い。
 彼は当然だと笑ったけれども、あの時動けなかった自分の変わりに彼は怪我をしたのだ。
 彼に子供がいるとは書類上では知っていたのだけれども、今回の件でそれが現実だと思い知らされた。
 多分彼のお節介は、あれは父性からくるものだ。自分の子供が母親を失った同じような年に、両親を失った自分を投影しているのだろう。
 それに気づいた時、バーナビーは無性に悔しくなった。見たこともない彼の子供に嫉妬した。君にはまだこんなに思ってくれる父がいるのに。彼の言葉の端々に反抗期らしい少女の言動がやけに癇に障った。――あぁ彼の愛を一心にその身に受けているというのに、なぜそんな拒絶するのか。


 手を伸ばして、そして彼は。







 両親の事をすんなりは話せたのは自分でも不思議だった。
 ただ彼は大変だっただろう、とそれだけ言ってくれた。
「バニーちゃんにそこまで思われたご両親は幸せだな。そんな家族に愛されて育ったんだ」
 泣きそうになって酒を煽ってみれば、「いくねぇ、バニーちゃん」と楽しそうなおじさんの声が聞える。
 今だけはこの人は自分だけのもの。にじり寄ってみれば笑いながら髪をぐしゃぐしゃとかき回された。
「あらやだ、バニーちゃん。酔っ払ってんのか」
 いつもおじさんには近寄ってくれないのに。
 そんな軽い声が聞えるけれども無視をしてそのまま、子供のように腰に抱きついて、目を閉じた。
 髪をかき回す手がなんだか凄く優しくて、アルコールが入ったせいで若干高めの体温を感じながらそのまま睡魔に身を委ねた。




「あーあ、寝ちゃったよおい」
 ホールの対角線上で飲んでいたかと思えば、座った目で近づいてきて、終いには抱きついて寝てしまった。これではまんまお子様だ。
 両親を殺されたのが4歳。そしてその後20年復讐の為に生きていれば他人に甘える暇もなかっただろうに。
 事故で見てしまった彼が収集したデータ。はぐらかされるかと思ったら、彼は静かに教えてくれた。こんなおじさんに甘えたくなるくらい、彼は愛とは程遠い場所を歩いてきたのかと、ちょっと泣きたくなった。
 真面目すぎて、生きるのが辛くなる事はないのだろうか。
 暴発したこの子供の頃から大人になってしまった彼の感情を、受け止める事にしている。彼だって止められないし、分かっているのだ。
「俺がどうにかしようってのもおこがましい話だけどさ……」
 でも知ってしまったのだ。
 知ってしまったのに、知らん振りなんて出来ない。
 通り掛かりじゃなくて、会社命令とはいえ、背中を預ける仲なのだ。
 寝息は幸い穏やかなもので、魘される素振りはない。カプセルで寝ている時は結構な確率でバーナビーが魘されているのを虎徹は知っている。 
「寝れる時に眠っとけ」
 自分がかき混ぜた柔らかい金髪を、綺麗に撫ぜる。

 願わくば、この子供に安息を。