正しく赤い実はじけた
ぱん、と身体の内ではじけた音がした。
きっと運動会のかけっこに出れば、文句なしの一等賞だっただろうと思われるほどの速さで、狂ったようにボクは走っていた。足がそろそろ動かなくなりそうだったけど、止まるわけには行かない。全速力で街まで行って、たまたまミノタウロスとショッピング中だったルルーを見つけて、何か言われる前に抱きついた。
ルルーは文句を言おうとして大きく息を吸ったが、自分の服が濡れていることに気がついて、何も言わなかった。ルルーの豊満な胸に顔を埋めたまま、ボクは動かなかった。ルルーは呆れたような、けれど優しいため息をついた。ちょっと、服濡らさないでよ、汗臭いし。その言葉は内容は最悪なものだったけど、声はとても優しかった。無理矢理ボクは引っぺがされ、ミノタウロスの方へと移動された。優しい従者は、ボクが涙やら汗やらで汚しても何も言わないでくれた。そのまま抱きかかえられたまま店に入って個室に座らされると、目の前にはほわほわと湯気が出ているミルクティー。ボクは泣き止んだところでそれをずずっと啜り、はあと一息ついた。
「んで?あんた、どうしたのよ」
「・・・・・・あのね、ルルー。ボク、シェゾのこと“好き”なんだよ」
「知ってるわよ」
シェゾといるのが幸せだった。変態だし命狙われてたけど、今は良好な関係を築けてると思っている。シェゾといるだけで顔が綻んで、この気持ちが何かを探したとき、“好き”という名前しか付けられなかったのだ。だからある日、“好き”とシェゾに言ったら、盛大に顔を顰められたが特に何も言わなかった。ボクもそれでよかった。返事などは別に気にしていなくて、シェゾがボクの気持ちを知っていればそれでよかった。ときたま、シェゾに“好き”とまるで自分自身に確認させるかのように言っていれば、それでよかった。
「なのに、今日!カレーの材料買った帰り道にシェゾに会って、今日の夕ご飯カレーなんだよってボクが言ったら、」
急にシェゾが今日もだろ、ってひどく優しい笑みと共に返してきたんだ。シェゾの笑いはいつも冷たかったり嘲りを含んでいたから、ああ、なんて綺麗なんだろう!って思ったら、身体の内で、何かが爆ぜたようなぱんという音が聞こえた。
「ねえ、ルルー。怖い、怖いよ!ボクはシェゾのことが“好き”だった。でも、“これ”はちがうの!」
「・・・・・・」
「ただただ純粋に“好き”だった!ボクがシェゾを“好き”という、その事実だけで幸せだった!!」
「・・・・・・」
「なのに今、ボクはシェゾがほしい。シェゾにもそう思ってもらいたい。こんなこと、前は全然思わなかったのに!!ねえ、ルルー。“これ”はなに?」
ボクは混乱してまた泣き出してしまった。涙と鼻水が出てきて止められない。ルルーはボクの顔を綺麗に拭いたあと、そんなの簡単よと今まで一番優しい顔をして言った。思わずボクが状況も忘れて見惚れてしまったぐらいに。
「あんたはあいつに“恋”したのよ」
何かが崩れた音がした。それはきっと、ボクの幼稚な自己満足の“好き”が終わった音に違いない。
作品名:正しく赤い実はじけた 作家名:kuk