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龍吉@プロフご一読下さい
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novelistID. 27579
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星間飛行

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星間飛行


 公孫勝は、空を見上げていた。
特にやることがあるでなく、とはいえ眠る気にもならない熱帯夜である。
 涼しくて風通しの良い所を探し回っていて、なんとなく朱貴の店の屋根の上に腰を落ち着けてしまった。
 朱貴に見つかれば怒られることは間違いないが、動くのはなんとなく癪だった。だから、朱貴が来ても狸寝入りを決め込んでやろうと思った傍から公孫勝は腰を浮かせかけた。
 こんな熱帯夜には絶対に遭遇したくない男を見つけてしまったのだ。

林冲である。

 このまま見つからないようにこの場を立ち去ろうとしたが、何故か林冲は朱貴の店の周りをうろついていて降りるに降りられなくなってしまった。
 そこで公孫勝は、屋根の上で大人しくしていれば見つかるまいと決め込んで、じっと息を殺した。
 その願いも儚く、林冲は梯子を立てかけて登って来た。
「うおっ」
 予想外の先客に驚いた林冲が声を上げた。
 一瞬梯子ごと後ろざまに倒れかけたが、片腕で屋根の縁を掴んで体勢を立て直した。脅威的な身体能力である。
 片手を蹴飛ばしてやればよかったと後悔しながら、公孫勝は顔を背けた。
「こんなとこで、何してる」
「おまえには言われたくない」
 林冲は舌打ちして、荒々しく腰をおろした。
 何故わざわざ隣に腰を下ろすのか。
 鬱陶しかったが、口を利くだけ面倒なのは重々承知の上だ。そのまま沈黙を保った。
 相手は気にも留めていないのか、酒を注いで煽り始めた。こいつの酒癖の悪さは知っている。
 二口ばかり煽ったところで、林冲は杯を酒で満たしたまま手を止めた。その隙をついて、公孫勝は杯を奪い取った。一息に煽いで杯をあける。
「貴様こそ、ここで何してる」
 咄嗟のことに呆然としている林冲に杯を返すついでに言ってから、公孫勝は後悔した。
 この男のことだ、絡んできたり喧しくなるに違いない。
 しかし、公孫勝の懸念をよそに林冲は杯を見つめたまま無表情に低く言った。
「本当は、ずっとおまえを探していた」
 一瞬理解し損ねて、林冲の顔をまじまじと見つめた。
 林冲は誤魔化しも茶化しもせずに、ただ杯を見つめている。
「何年前になるか、昔のこの日に、俺は叔父を亡くした」
 ゆっくりと紡がれた言葉に、思わず聞き入った。
 この豹子頭に天下無双の槍を授けた男。
 存在こそ聞いてはいたが、その人について林冲が何か語るのは初めてだと思った。
「あっけなく、床に就いた中で眠るように死んでいた。そのとき、俺は死というものを初めて実感したと思う。抗いようもなく常に隣にいて、いつの間にか包み込まれてしまうような物なのだと。その時から、俺は死ぬのを恐れなくなったのかもしれない」
 公孫勝は何も言わず、ただ黙って聞いていた。
「その日から俺は、あちらこちらと放浪して回ることにした。叔父を土に埋めたその日だけ家に留まろうと思った。元から一つ所に留まるのが好きではなかったし、一度出たら、二度と戻らないだろうと知っていたからな」
 林冲はふと顔を上げて、空を見た。濃紺の星空は、凍りつくように澄み渡っている。
「あの日もこんな風に暑苦しいような、気持ちのいいような、よくわからない日だった。叔父の埋まっている地面を見るのにも飽きて、家を出ようと決めて槍を担いで立ち上がった。その時」
 林冲は言葉を切って空に眼を瞠った。
 公孫勝は林冲の視線を追った。

 真っ直ぐに流れて一瞬で消えたが、その姿を眼に灼きつけた。
 流れ星だった。

 見ているうちにも、一つ、また一つと流れた。
「こうやって、星が流れた」
 林冲は言った。
「行く宛もなかったからその星が流れた先に向おうと決めて、その先に今がある」
「この未来を知っていたら、おまえは行く方向を変えたと思うか?」
「さあな。だが、あのとき選んだ道を後悔したことはない」
 そう言って、林冲は杯を膝の横に置いた。
「年に一度のこの日、一つだけ一際大きな星が流れる。その星を、その星が向かう先を、おまえと見てみたかった」
 ふと、公孫勝は耳のあたりに視線を感じた。
 思わず振り向くと、金色と称するのが似つかわしいほど鋭く冴えた瞳がこちらを向いていた。
「探しても見つからないから諦めていたら、その星が流れた。その星が流れた先に向かってきて見たら、おまえがいた」
「口説き文句か?そんなものはそこらの遊女にでも掛けてやれ」
「可愛げのない奴だ」
 吐き棄てるように言って、林冲は立ち上がった。
 背を向けて、立ち去った。その背中を軽く一度見て、公孫勝は再び空を見上げた。
「妻を失っても、この未来を後悔しないなど」
 公孫勝はひとりごちた。
「つまらぬ強がりを」
 しばらく空を見上げていた。
 一刻の間に四、五個ほど流れる流星は、あっという間に消えてしまう。
 なんとなく悔しくて、溜め息をついた。
「くそったれ」
 溜め息交じりに、そう呟いた。
 叔父を失った林冲は、この不吉な流星たちをどんな気持ちで見つめたのだろう。一体どんな気持ちで、一瞬に消え去る流星に自分の未来を委ねたのだろう。
 そんなことを考えながら、しばらく流星が流れなかったことに気がついた。
 全て流れ切ってしまったのだろうか。
 釈然としないまま立ち上がろうとした時、公孫勝は自分の眼を疑った。

 濃紺の星空を揺るがしそうに大きな流星が、空の端から端を一直線に切り裂いて行った。


「……っあ」
 思わず感嘆の声を上げた。
 全身に鳥肌が立つ。既に流星は消え去っていたが、その姿は確りと眼に灼きついている。音がしそうなほど大きな流星。
 気がつくと、公孫勝はその星が流れた方に向かって歩き出していた。

 背後から気配が近づいて来た。
 林冲は耳をそばだて、槍に手を伸ばした。
 ある程度まで距離が詰まったと感じたとき、はじめて林冲は振り返った。
「…あ」
 そこには、濃紺の中を切り取ったように白い影が立ち竦んでいた。
「公孫勝?」
「勘違いするな、酒を飲みに来ただけだ」
 言うが早いか、林冲の酒甕に手を伸ばし、口をつけてそのまま煽った。
 唖然としていると、公孫勝は眼も合わせず呟いた。
「大きな、流星を見た」
「その流星に跨がって、流れて来たわけか」
「馬鹿を言うな」
 公孫勝は酒甕を突き返しながら眉を顰めた。
「大きな流星は、ひとつきりではなかった。そんなことにも気がついていなかったおまえに教えてやるついでに、馬鹿にしてやろうと思っただけだ」
 立ち去ろうとした公孫勝の腰に腕を回し、引き留めた。
 公孫勝は一瞬躊躇するように中腰のままでいたが、諦めたように林冲の膝の上に腰を落ち着けた。

あと少しだけ。

 あと少しだけこのままで。
 せめて、この微かな温もりをあの世に持って行けるほどこの身に刻み付けるまで。

 林冲は、公孫勝の細い背中を抱き締めた。