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コーラフロート

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コーラフロート

 家に戻れば、会いたくない人間がいる。それを思うと気分も憂鬱になるというものだ。
「あーあ。兄貴、早くウチから夜行に戻ってくんないかな……」
 そう。今、家に戻ると正守がいる。それが嫌で、良守は下校途中の公園で暇を持て余しているのだった。
「別に兄貴用の結界張って寝てもいーんだけどさ」
 口ではそう言うものの、祖父にも言えることだが、彼らが本気で良守の結界を解こうと思うと一瞬で済むのはわかっているから、余計に戻る気はなくなる。
 説教されるのが嫌かと言われれば勿論そうだが、毎回恒例のお説教は昨日のうちに全て済んだはずで、正守はすっきりした顔をしていたから今日はからんでくることはないと思われた。思っては、いるのだけれど、どうにも足が家を向いてくれない。
「コーラでも飲むかな……」
 少し行った所に自動販売機があったはずだ。良守がベンチから立ち上がると歩きだそうとした時。
「俺にも一つ」
「自分で買えよ……って、兄貴ー!?」
 どこからともなく振ってきた声の主は良守の家の方向から歩いてきて、やあ、なんて言いながら片手を上げている。
「どっから出てきた!」
「ゴキブリみたいな言い方はよしてくんないかな。俺だって喉くらい渇くよ」
 見ると正守は昨日家に戻った時と同じ恰好だった。黒い着物に袋に入った天穴を背負い、つまりはどこかへ出かける装束だ。家から夜行へと戻るところなのだろう。昨日と違う点は、片手に父のおみやげであろうお重を持っていることだった。
「しゃーねーな」
 ああ、俺も甘い。良守は調子の良い自分を責めたくなった。
 あまり正守とは近づきたくないのだ。秘めた想いを――兄弟で、男同士で、どう考えてもかなうはずのない想いを思い出してしまうから。いっそ抑えきれる程度の想いだったらよかったのだが、そこまで器用じゃない。
 だからこうして、避けているというのに。
 ムカムカしながら、その矛先をどこに向けたらいいのか分からず、良守は必要以上にドスドスと荒い足音で自販機へと向かう。自販機では良守の考えたとおりにコーラがあり、これで売り切れだったりしたらそれはそれで面白かったのだろうが、きっちり二本購入することができてしまった。
 もと来た場所に戻ると、良守が座っていたベンチに正守が座っている。
「ほら。コーラ」
「ありがと」
 にっこりと笑うと、正守は良守の左手首を掴んで引っ張る。
「なっ!?」
 少し倒れ込む寸前の体勢になってしまい、良守が慌てると、正守が良守の手にコーラ代の小銭を載せようとしている。
 けれど良守にとっては、こんな近い姿勢で、こんな至近距離で手を取られて、思わず隠していたことをバレさせてしまいそうな気がして、慌てて手を引っ込めた。
「いっ、いーよ。いらねーって!」
 良守の過剰な反応に、正守はきょとんとしている。だがどうやら嫌われたとは思われていないようなのでとりあえず安堵する。
 しかし、こんなきょとんとした顔をした正守を見るのはいつぶりだろう。コーラを持つ姿が少し間抜けに思える位だ。
 そういえばこいつはコーラにバニラアイスを浮かべて食べるのが好きだったっけ。とか思っていると、正守がしみじみと。
「俺昔っからこれにアイス乗っけて食べるの好きなんだよな~。コーラフロートって言うの?」
 などと言うものだから、もうがっくり来てしまう。
「えい、それを寄越せ、こっちに!」
 有無を言わさず良守は正守の手からコーラを奪い取ると、思いっきり上下に振った。
「良守……」
 正守が頭を抱えている。
「ヘン、いい気味だ!」
 そしてコーラを投げつけると、正守はそこはそれ、俊敏な仕草でキャッチする。
「たかって悪かったって、良守。機嫌直してよ、今度コーラフロートおごるから」
「そんなんじゃねーよ、このクソ兄貴!とっととそれ持って帰りやがれ!」
 良守の混乱をどう思ったか、正守はそれでもコーラの缶を仕舞うことはせずに片手に持ったまま立ち上がる。
「悪かったな。じゃ、俺、ホントに帰るわ」
「おう。帰れ帰れ」
 そして苦笑を浮かべて正守が歩み去っていく。
 さようなら。その一言がどうしても言えなかった。

 良守がどこで時間をつぶしているかなんて、すぐに分かった。きっと途中の公園に違いない、と。果たして良守は想像通りにそこにいて、想像通りに反発してきた。コーラの缶を振る、という些末な悪戯までついてきた。
 正守は別れを告げ良守に背を向けると、コーラの缶を見ながらその稚拙な嫌がらせに、ああ良守だなぁ、なんてしみじみとした思いを噛みしめていた。
「ばーか、そろそろ気付け!」
 後ろから浴びせかけられるのは罵るかのような台詞。本心から嫌われている訳じゃないことなんてもちろんわかっている。けれど。
 もしこうして口げんかのスパイスを混ぜてやらないで、まっすぐに良守からさよならを告げられたら。
 良守がさよならを言う。そのさよならにわらって応えるなんて、自分にはまだできそうになかったから。

                              <終>
作品名:コーラフロート 作家名:y_kamei