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哭き声

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哭き声

 昼間は長袖では汗ばむものの、半袖を着るには朝夕はまだ冷え込みが厳しい。まして山奥ともなれば当然だ。
 朝靄の中を歩きながら閃は額に浮かんだ汗とも朝露ともとれる冷たい滴を手の甲で拭う。
「寒いね」
 秀が声をかけてきた時、同時に前方から轟の声が聞こえた。
「おーい、橋があるぞ、足もと気を付けろよ」
 夜行の戦闘班で修練を兼ねたキャンプに同行していると、朝霧で先が見えないことすら鍛錬の一部のように感じて、閃は心を引き締める。
「落ちるなよ、秀」
「ひどいなあ。僕なら大丈夫だよ、いざとなったら飛べるもん」
「またコート破くのか?」
「そこが問題なんだよねー……」
 見えてきた橋というのは、太い丸太を縦に数本ずつくくりつけただけの簡単なもので、当然ながら手すりもない。川の深さは水音で判断するしかないが、そこそこの水量のある川のようだった。吊り橋のようなものを想像していた閃にとっては少し意外だったが、最後尾の閃は秀に続いて慎重に一歩を踏み出した。
 橋も半ばまで来たというところで、先頭集団は既に対岸に渡っている。少し急ごうかと足を速めた、その時。
「なっ!?」
「えっ!?」
 丸い感触を想像した足下は宙へと投げ出され、そのままバランスを崩して閃と秀は川の音のする霧の中へと落ちていく。
「閃ちゃ――っ!」
 空を向く視界の中で、秀の背中から黒い翼が現れると同時に、閃へと手を伸ばすのが見えた。だが閃の手は空を掻くばかりで、体中に衝撃が走るとともに視界がぐにゃりと歪む。
 おそらく橋が何らかの理由で破損して、足を踏み外して川に落ちたのだと理解はできた。一刻も早く水面に顔を出さないとと思うが、背負った宿営道具と着ている衣服が邪魔をして、どちらが上なのかもわからない。
(まずい)
 すっかり水を飲んでしまって呼吸を吸うも止めるもままならない。
 このまま死ぬのか。だとしたらやけにあっけない。心残りは、いくらでもあるのに。そう、あの人のこととか。
(――頭領……)
 意識が途切れる寸前に瞼の裏に浮かんだのは、閃よりも常に先を行く夜行の頭領――正守の後ろ姿で、振り返ることはないと知りながらも閃は必死でそれに手を伸ばした。

 目を開いて真っ先に視界に入ってきたのは優しい質感の丸太の天井で、野営していたのはテントだったはずなのに、と思ってから一拍置いて、自分は野営していたのではないと思い至る。
「!」
 そうだ。橋から落ちて、川で溺れたのだ。意識を失っていたのはどのくらいの間なのかと身を起こそうとして、毛布が何枚もかけられて、服も新しいものに着換えさせられていることに気付く。少しサイズが大きいのは他の誰かの服なのだろう。閃の服は荷物ごと川に落ちて濡れてしまったはずだから。
 床に横になったままで改めて室中を見ると、閃が今いるのは数人が入ればいっぱいいっぱいの山小屋だった。隅の薪ストーブで火が爆ぜる音が聞こえる。
 その音に誘われるように、後ろ、というか頭の上の死角になっているところから唐突に声が振ってきた。
「閃ちゃん!」
 起きあがって振り返ると秀がそこにいた。
「まだ起きちゃ駄目だよ、閃ちゃんたくさん水飲んでて、大変だったんだから」
 秀の言うとおりに身体を横たえて、周囲を見る。他に人はいない。
「他の、みんなは?」
「外にいるよ。――ごめんね、閃ちゃん」
「あ?」
「僕が、閃ちゃんの手を掴めなかったから……」
 あの、落ちる瞬間のことか。
「あのタイミングじゃ、お前にできなきゃ他の誰にも無理だったよ」
 秀をフォローしながら、なんだか正守っぽい言い回しだな、と心の中で正守を思った時だった。
 ノックもなしに山小屋の扉が唐突に開いて、室内の暖められた空気に、少し冷えた外の空気が入り込んでくる。
「目が覚めたか?」
「――頭領!」
 そこに立っていたのは正守だった。後ろには他の面子も見える。
「起きあがっても平気か?」
「顔色も戻ったし、大丈夫そうだな!」
 轟が問うと、武光がうんうんと頷く。
「巻緒にちゃんと礼言っておけよ。水底から探し出したのは巻緒なんだから」
 行正の言葉に弾かれたように巻雄を見ると、巻緒は照れくさそうに頭を掻いた。
「正確には俺の影、だけどな」
「ありがとうございます。本当に――」
「あー皆、そろそろ二人だけにさせて欲しいんだが、いいか?」
 正守の言葉に、閃は説教の気配を感じて身を竦めたが、秀からぽん、と肩を叩かれて、皆が退いて二人きりになった頃には平常心に戻っていた。
「心配かけて、すみませんでした」
 自ら謝意を告げると、正守は手を組んで立ったまま低い声で返してきた。
「心配した」
「……はい」
「足場が突然崩れるなんて事故とはいえ、俺のミスでもある」
「頭領には責任なんて……!」
「あるのさ。組織の頭とはそういうものだ。とはいえ……」
 正守は閃の後ろに身体を差し入れるようにして座ると、後ろから閃を抱きしめた。
「とっとっとうりょ……」
「無事で何よりだ」
 逞しい腕に抱かれて首筋に顔を埋めるようにして囁かれると、どうしていいかわからない。
 しばらくそのまま固まっていたが、それにも疲れて正守の胸に背を預けるようにすると、正守がふ、と声無く笑う。
「ひゃっ?!」
 閃の首の後ろをなま暖かいものがなぞる。よく知った、正守の舌と唇の感触だった。
「失わなくてよかったって浸ってるところだから、邪魔するなよ」
「で、でもっ……!」
 その間にも正守の手は毛布の中にまで入り込んできて、閃の身体を服の上から愛撫しはじめる。
「頭領、みんなが、まだ、外にっ……!」
「待たせておくさ」
 その一言に、閃は正守に全てを委ねざるを得ない事を知った。

 ――失わなくてよかったと思ったことは事実だ。
 その直後に、相手の身体を労る余裕すらなく貪るように閃を抱きながら、正守は心の中で自嘲し続ける。
 なんて、エゴにまみれた心と体なのだろう。
 その体をかろうじて受け止めている閃の裸体に手を滑らせながら、そっと問いかける。
「辛いか……?」
 これは労いじゃない。閃の口から「平気だ」という言葉を引き出すための些末な罠だ。
「大丈夫、です」
 心の中でほくそ笑む。
 過たずして生きられたらどんなにいいかとは思う。だがそれは理想の中の世界でしかない。
 自分はもう汚れすぎた。
 思いをぶつけるような激しい責めに、閃は耐える。この細い身体のどこにそんな余裕があるのだろうかと思うくらい、閃は正守を受け入れきっている。
「頭領――」
 荒い息の合間から呼ばれて、動きを少し緩めながら、それでも完全に停めることはできない自分の欲深さに嫌気がさした、その時だ。消え入るような声で閃は正守に告げた。
「……かなくて、いいんです……」
「え?」
 うまく聞き取れなかった。
 聞き返すと、閃が首を振る。
「――泣いてるように、思えたから」
 泣かなくていいんだよ、と言いたかったらしい。
「だから頭領は、そのままで……」
「――閃」
 自嘲や自虐よりも先に、閃に想われているという実感が沸き上がってくる。
 たまらない気持ちでその身体を抱くと、閃もまた正守の肩口に顔を埋めて頬ずりをした。
作品名:哭き声 作家名:y_kamei