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涼風 あおい
涼風 あおい
novelistID. 18630
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シティサンプル『ひだまり』

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 クラスメイト達が早々と塾や図書館、自宅へ向かう中、音無結弦は自宅とは逆方向の電車に乗り込んでいた。同じ車両に居る自分と同じ制服を着た、おそらく同じ学年であろう人々は、手元の本を真剣な目で見ている。彼らと音無の相違点など、カバーのかかった本からではそうそう分からないだろう。
音無は最近映画化されたことで話題になっている小説本を開くと、座席の手すりに背中を預けて読み始めた。本屋で平積みされていたので買ってみたが、あまり面白いとは思えず、内容を把握する程度に読み流しているうちに降りる駅に着いた。
 駅から徒歩十分ほどの所に音無の目的の建物がある。
 音無の妹の初音は、薬の匂いがする白い世界の中で、点滴に繋がれ、ほぼ一日中ベッドで過ごす日々を強いられていた。そうなったのはまだ、祖母が買ってくれたピカピカのランドセルを背負う前のことだ。
 初音が入院した少し後、音無たちの両親は不慮の事故で亡くなった。幸い保険金や財産でしばらくやっていけるだけのお金はあった。それでも初音の入院費を考えると十分とは言えなかったが、親戚、特に母方の祖母のおかげでどうにか生活できている状態だ。
 一般的に見ればかなり不幸な境遇であるが、音無は絶望などしていなかった。両親という絶対的な味方・庇護者を失ったことは、精神的にかなりのダメージとなったが、いつまでも悲しみにくれていては残された妹を守れない。妹が笑っていられるように、自分が守らなくてはいけないと音無は心に誓った。いつかこの狭い世界から抜け出し、ちゃんと守ってくれる人が見つかるまで、ずっと傍にいて守ってやろうと。
 病室へ向かう途中、顔なじみの看護師さんに声をかけられ、「初音ちゃんがお待ちかねですよ」と楽しそうに言われた。看護師さんの様子から、悪いことがあったわけではないと分かったが、何があったか気になる音無は、やや足早に病室へと向かった。
 病室の扉を開けると、いつもより心なし明るい初音の声に出迎えられた。初音は、音無がベッド脇のパイプ椅子に座るのも待ちきれずに喋り始めた。
「お兄ちゃんあのね、今日ね、お友達ができたの」
 ガーベラのように可愛らしく、明るい笑顔で話す初音を見て、音無は嬉しく思った。ああ、今日も笑顔でいてくれていると。
「今日は外に出られたのか?」
「うんっ、看護師さんが、具合もいいし、天気もいいからお外出ようかって言ってくれたの」
 その日は、晩秋なのに太陽が頑張っていた日で、日中は体感気温も高く、日光浴が気持ちのいい気候だった。健康であれば校庭で遊んでいるであろう子供が、普段病室に一人きりということを気にしてくれているのか、条件が良い時にはできるだけ病院内の庭へ連れ出してくれている。
「そっか、よかったな」
 そう言いながら初音の頭を撫でてやると、初音は笑顔を一層輝かせた。
 普段から前向きで明るい初音だが、それでもここまで嬉しそうな様子は久しぶりだった。漫画雑誌などの差し入れを持ってきた時よりも嬉しそうな初音の顔を見て、何よりだと思う反面、俺ではこんな笑顔を引き出せないのか、なんて音無は少し妬いていた。それでも、初音が幸せならそれでいい。見られる世界の狭い初音が、他人と接して、その人の世界を覗けるのはいいことだと思っていた。
「それでね、私がお外に出られなくても遊びに来てくれるって言ってくれたの」
 初音は人見知りしない方だが、これまでの入院生活の中でこれまでの友達ができたことを聞いたことがなかった音無は正直びっくりした。そんなに気が合うのだろうか。音無は初音と同い年くらいの女の子を想像していた。小さな女の子二人がきゃっきゃと談笑するさまを想像して、微笑ましく思った。
「笑顔がおひさまみたいに眩しくて、日なたのようなぽかぽかした気持ちにさせてくれるんだよ」
 今の初音の笑顔も充分眩しいな、なんて妹バカなことを音無は思っていた。
「お兄ちゃんにも会ってもらいたいな」
 きっとその子と話している初音はもっと眩しいんだろうな、とも。
「お兄ちゃんと同じくらいの歳じゃないかなぁ。だからきっとお兄ちゃんも仲良くなれると思うの」
 同じくらいの歳?と音無の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「学ランだったからお兄ちゃんとは学校違うと思うけど…」
「学ラン…?」
 学ランといえば一般的に男子が着る制服だ。つまり、初音が友だちになったという子…いや、奴は十中八九男ということで、しかも音無と同じくらいの歳…。
 先程までの和やかな想像が一気に崩れた。
「うん。お兄ちゃんの学校はブレザーだもんね」
 自分と同じくらいの歳の男が、初音に近づいているなんて、何かよからぬ事でも考えているのではないだろうか。そもそもそんな奴に初音は懐いたというのか。そんな考えが音無の頭の中を巡り始めた。警戒心がなさそうな妹の病室にまで遊びにくるということを許せるわけがなかった。
「お兄ちゃん?お兄ちゃんってば。どうしたの?具合悪いの?看護師さん呼ぼうか?」
 初音に服を引っ張られて、音無はようやく我に返った。先ほどとは打って変わって心配そうに眉を下げた初音の顔を見て、自分がそんな顔をさせてしまったことを反省した。
「いや、大丈夫だ。ありがとな初音」
 初音がこんなに喜んでいるのだから、できればこのまま見守っていたい。しかし、年頃の男の怖さを音無は分かっているつもりだった。看護師さんがいつもいるわけではないし、下手をすれば病室で二人きりだ。そして初音は点滴に繋がれていて、いざという時自力で逃げ出すこともできないだろう。
 音無自身心配しすぎだとわかっていた。それでも、両親がいない今、音無には初音しかいないし、初音には音無しかいない。初音を守ってやれるのは自分だけなのだからと自分に言い聞かせ、多少心配しすぎでもいいだろうという結論に至った。とりあえず会ってみるしかない。音無は会って自分の目で判断することにした。
「俺も今度そのお友達に会ってみてもいいか?」
「もちろんだよ!お兄ちゃんも仲良しになってくれたらとっても嬉しい」
 初音に笑顔が戻り、音無もつられて笑顔になる。
「次いつ来るとか言ってたか?」
 音無が合う前に来られては意味がない。
 初音からの情報によると、毎週金曜日に来ているらしく、時間はよくわからないが、今日は昼過ぎだったそうだ。
 同じくらいの歳で制服を着たまま昼間から病院に通っているというのはどういうことなんだろうと音無は疑問に思った。昼過ぎでは普通に授業を終えて来たのでは間に合わない。
「来週は三者面談で、授業が午前だけなんだ。だから昼過ぎに来れると思う」
 ちょっと苦しい言い訳だが、わざわざ学校を休むとは言うわけにいかないのでこのまま通すことにした。
「本当?嬉しいなー。お兄ちゃん、きっとその人のこと好きになると思うよ」
 もしかしたらこんな嘘なんて、聡い初音にはばれているのかもしれない。