二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【君僕】こぼれおちる

INDEX|1ページ/1ページ|

 
 無駄なのに、それでも零れる滴と想いは止まらなくて、ぼろぼろと瞳から流れるこの水に融けてしまいたいと思った。


 どうせ叶わない願いだと、ちゃんと分かっているからそんな、悲しい顔をしないでほしい。ただでさえ人前で、ましてやこの人の前で泣くなんて醜態を晒していることが屈辱的なのに、余計惨めになる。
 もう消えてしまいたい。
 だが困ったことに、足が動かないのだ。己の足と頭を呪った。この役立たず。



 どうしてこうなってしまったんだろう、言うつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。今までもこれからもずっと隠して、いつかなかったことになってしまえばいい、と。
 しかし、なかったことにしてしまうにはこの想いは大きすぎた。


 先生が、すきです。


 誰もいない教室、不意に優しく頭を撫でられて、目頭がつんと熱くなって、気づいたら言ってた。いや、何でだよ、俺。
 頭の中で冷静につっこんでみるものの、溢れる涙と想いを止めるには至らない。

 (だってその手はあの頃と同じ、どこまでも温かくて、優しい)

 結果、この人をとても困らせてしまった。あぁ、こうなることは分かっていたのに。
 俺とこの人は教師と生徒、つまり大人と子供、ましてや男同士ときた。世間様に許される要素が一つもないとは、救いようがない。こんな種類の気持ちを向けられたら、誰だって困惑するに決まっている。

 でも、そんな顔をさせたかったわけじゃ、ない。


「ごめん…なさい」

 やっと出た言葉は、謝罪のものだった。ごめんなさい。


隠せなくて
変なこと言って
いい生徒でいられなくて
泣いてしまって
子どもで
困らせて、
ごめんなさい。


 沈黙。誰もいない夜の教室に響くのは、俺が漏らす嗚咽だけだ。ああ、情けない。
 しばらくして、その沈黙を彼が破った。


「…塚原くん、」

「どうして、何に、ごめんなさいなの?」


 口調は優しいのに、声音が責めるような雰囲気を帯びていて、びくん、と肩が揺れてしまう。声が、出せない。
 出るのは、意味を為さない涙ばかりだ。
 彼が一歩、こちらに近寄る。靴音がやけに大きく響いて、俺はすっかり竦み上がってしまう。

「……ごめんね、怖がらせるつもりはなかった。ただ、少し心外で」
「………?」

 まだまともに声を出すことさえ出来ないため、問うように、俯せていた顔を見上げると、彼は何故かばつが悪そうに目をそらした。
 俺の告白は、先生にそこまでのダメージを与えたのだろうか。


「オレの返事。聞いてもないのに、結論出さないでよ」

 返事なんて分かってるのにとか、先生って一人称オレなんだ…とか、そんなことを考えているうちに、気づけば彼の腕の中にいた。
 からだが、彼のあたたかい体温と優しい鼓動に満たされる。


 っていや、え、……は?

 何これ、何だこの状況。ちょ、待て、顔が熱い。


「多分ね、オレも君と同じこと考えてたよ。この想いは許されるものじゃない、きっと君に迷惑をかけるだろう、隠し続けないと、大人にならなきゃって」
「…先生は…大人です」

 もっと言うべきことや聞くべきことがあるだろうに、俺の口から出たのはそんな言葉だった。

 同じこと考えてって、なに。何を隠し続けるの。

 本当は聞きたいのに怖くて聞けない俺は、よっぽど臆病なのだろう。
 彼は、俺がようやく発した謝罪以外の言葉に苦笑を漏らすと、あのね、と続ける。

「オレは、塚原くんが思っているほど大人じゃ、ないよ」
「そんなこと…」
「だってもう、我慢出来ないからね。ごめん」

 真剣な瞳で見つめられて、どくん、と胸が高鳴る。熱い視線にとらわれて、目をそらすことが出来ない。そのまま、唇に彼のそれを重ねられる。

 もう、思考能力はなかった。


 頭がとろとろに溶けてしまったみたいに、あつい。


 時間にしては3秒程度のものであっただろうそれはしかし、ずいぶん長いものであったように感じた。いつの間にか俺は、あまりの展開に腰を抜かして彼に抱き止められる体勢になっていた。
 心拍数が上がりすぎて、死にそうだ。


「塚原くん、大丈夫…?」
「へ、ぁ、……はい…」

 全然大丈夫ではなかったが、それ以外の返事が出来ない。何でこの人、こんな冷静なんだ。


「…大人だったら、生徒にこんなことしたらいけないよね。君を傷つけて泣かせてでも、言わずにいるべきだった。でも、君がそんな風に泣くのも、君が思い違いをしていることも、我慢出来なかった。」

「オレは君が好きだよ」


 そうして、ぎゅうっと、力いっぱい抱きしめられた。驚きで一度引っ込んだ涙が、またじわりじわりとせりあがってくる。

「ね、お願いだから泣かないで…?」

 彼の綺麗な指が目尻に溜まった涙を掬う、その手つきの優しさに、またじんわり熱いものがこみあげる。こうなったらもう、しばらくは止まらないだろう。
 だから、顔を思いっきり彼の肩口に押し付けた。背中を擦る手のひらが心地いい。

「…分かんない、です」
「ん…何が?」
「ど、して、せんせいが俺を…すきなのか、」


 全然分かんないです。俺に分かるように教えて、先生。


「それじゃあ、また明日質問においで。放課後…一人で、ね」


 そう言って、今度は本当に長いキス。
 呼吸まで奪われる感覚に目眩がした。


 真上に登った月だけが、静かに始まった秘密を知っていた。
作品名:【君僕】こぼれおちる 作家名:椿花鈴