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せけんをしらずに。【蘭日】

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あつい夏の日のことでした。

みんみんと鳴くセミは一週間後に命をなくします。

夏が逝ったのはセミの儚い命が逝ったときと、誰かが私に教えてくれたのです。

そんな事を考えていたら、するりと開いたふすまにも気づかず、思わず声を上げました。



せけんをしらずに




おはよーさん、そう言って異人の彼には少し低いふすまをくぐって中へ入ってきた。

「…わたしはオランダさん、貴方が来たことでとっても『ないーぶ』な気持ちです」

「またフランス語使いよって…、なんやざ」

以前にも似たような事を言われた。あの時は確か大阪が言っていたのを聞いてオランダさんが私に質問を投げかけたのだ、なんでアイツフランス語つかってるんや、と。

「なんやざ?こっちがなんやざと言いたいです。帰ってください、商いの話なら聞きませんよ」

「ほうけ、ほんなら開国の話しねま」

「しませんって、しつこい男は嫌われますよ」

頑固なじじいやのう、と私の寝ている(包まっている)布団の隣にどっかりと腰を下ろすオランダさんを無視して私は彼に背を向けるよう寝返りを打つ。

すると、私の行動は気にも留めず、彼特有の少し低くて、響く、心地よい声色でぼそりとオランダさんはゆっくりと息を吐くように呟いた。

「ほんでも、」

お前に嫌われるんは嫌やのう、と。

「…口説いているおつもりで」

「…どうかの」

「お国様がお国様を口説くんは、どうかとおもいまっせ?」

そこで聞きなれた声がしたので驚いてふすまの前に仁王立ちする見慣れた彼に目をやった。

オランダさんも誰かは解っていた様で、ち、と短く舌打ちをした。

「大阪……如何したんです?」

明るいこげ茶色の髪を後ろで小娘のように結った、元気の良さそうな彼。

「ん、書類です。上司さんの方から、日本さんにって。それにしても―――」

そこでくるりと大阪はオランダの方へ視線を寄越す。

「俺がいない間に、日本さん口説くんはあきまへんなぁ」

「…居る時ならええんかい」

「あ、それは…うーん、一応おーけぇやと思います…けど」

腕を組んで、時たま考えを巡らせるようにがり、と頭をかく大阪をよそにオランダは日本へ日本には見慣れぬ欧州の一輪の赤い花を取り出した。オランダが来るたびにこうして欧州のものを持ってきて説明してくれるのは勉強になるし、なにより楽しかったので嫌いではなかった。

「あら、綺麗ですね。今日はお花ですか?」

ほや、と短く返事をしてオランダは説明に入る。

「チューリプ、ゆうての。百合科の植物や。」

ちゅうりっぷ?とたどたどしく言葉を発する日本を可愛らしいと思いつつも、発音が違う、チューリプや。チューリップとちゃうわ、と文句を付けてみる。

「!」

大阪は少し目を見開いては悔しそうに眉を寄せた。

日本よりかは欧州を知る大阪に、その赤色のチューリップをオランダが日本に渡す意味が薄っすらと解ってしまったのだ。悔しい、と思う。

口説いてええ、ゆうたんはお前や。にやり、といやらしい笑みを浮かべながら目線でそう訴えかけたオランダに大阪はああもう!と声を張り上げたのだった。







せけんをしらずに




俺だけ見てろや。