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手を伸ばして、そして彼は。3

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誰も救ってくれなかった。ただ道筋を示してはくれたけれども。

 NEXTとして覚醒した時は、ただ単純に相対した時に自分の力で、犯人を見つけた時にどうにかできるかも、という新しい期待が生まれたくらいで。
 だからヒーロー界を利用する事を考えて、相して話を持っていった時もビジネス、というくくりで進むからとても楽だった。
しかし人を簡単に殴り殺せる、この力はいたく扱いづらい。時間制限があるところまで面倒くさい。それでもまだ、利用できる力なだけマシではあるが。NEXTは本当に大道芸レベルから凶悪殺人者育成レベルまで多種多様だから。ヒーローアカデミーに通い始めた時は頭痛がしたものだ。大体において利用できるNEXTを持つ人間はその力を悪意として犯罪に利用する。多分両親を殺した犯人もそうだったのだろう。
 ただ制御の難しさはとにかく学年で1、2位を争うくらいの難儀な力であったことは確かだ。最初の頃は自由自在に使い始めることも、力の発現中、力を制御する事も出来なかった。あの自分と同じ力を持つクラシックな格好の人気の落ちている間抜けなヒーローはああ見えてちゃんと力を使いこなしているらしい。
 でも、きっと関係ないと思っていたのだ。
それなのに、伸ばした虚空の指先に、壊れないで自分と同じだけの力で、だれかの指先が触れたのは、運命のいたずらなのだろうか、それともただの偶然か。



 *****



「あーあ、色男が台無しだな、バニーちゃん」
 バーナビーが顔を起こしたのはしばらく経ってからだった。
 眼とその周りを真っ赤にして、恨みがましい眼で虎徹を見やる。
「痛くないの、その眼」
 そっと指でなぞればくすぐったそうに眼をつぶった。
 眦に残っていた水滴を拭い去って、そろそろ限界、と腕をベッドに下ろした虎徹を、また恨みがましい目線を送ってくる。
「――どうなったか、聞かないんですか」
「――お前がここにいて、この建物が無事なのが証拠だろうよ、英雄」
 そんなこと、聞かなくてもおじさん分かってるの。
 軽口を叩くけれども、その顔は半分はガーゼに包まれているし、さっきまで意識もなくて。そこまで考えてようやくバーナビーはナースコールを押したのだった。
 ナースコールを押せばさっきまでの二人だけの静寂は消え去って、ばたばたと虎徹のベッドがスタッフに囲まれる。
 奇跡だ、ミラクルだとかなんだか聞えるその人たちの会話を、バーナビーはじっと自分のベッドから見ていた。






「自分の口から話させて下さい」
 一通り検査が終わって、医者もびっくりの元重体患者で現重傷患者は、帰ってきた途端リモコンと新聞を手にしようとした。それはそうだろう。とにかく起きたら事は全て終わっていたんだから。

 とにかく自分の口から聞いて、そして知って欲しかった。

 とにかく自分の口から、と言ったバニーに少し驚いたような顔をした虎徹は、それでもそのすぐ後には優しく笑って、身体を向きなおしてくれた。
 促されて話し始める。いつもの流暢な口調はどこに行ったのか、とにかく伝えなければという気持ちが先走って、子供のような細切れの話し方になってしまった。
 ただ誇張されたメディアの報道じゃなくて、真実を知って欲しかった。
 そして、謝りたかった。
「ごめんなさい」
 信じるとか、信じてないとかじゃなくて、ただ目の前の彼は心配だったのだと、ファイヤーエンブレムに聞かされた。
『いーい?ハンサム。あの男はそりゃもう鬱陶しくて独断行動も多くて、行動が裏目に出る事も多いような運のない男だけれど、性根はムカつくくらい真っ直ぐなのよ。アンタが信じられないんじゃないの。あれはただ心配なだけだったのよ』
 だってアンタ、今にも殺してしまいそうな顔してたもの。
 ついっと顔を指差されて、反論は出来なかった。
 殺してもいいと思っていた。だからその指摘は否定できない。
『アイツはね、あんたに人殺しさせたくなかったのよ』
 あの時は頭に血が上って、そんなことすら思い浮かばなかった。
「僕は貴方の信頼を、切って棄ててしまった」
 頭を下げると、虎徹のため息が聞えた。あぁ、思い出して呆れさせてしまったのかな、とちょっと絶望に包まれる。
 また泣きそうになると、ぽんとあったかいものが頭の上に乗せられた。何がのせられたかを確認する暇も与えられず、ぐりぐりと髪をかき回せられた。
 呆然と、撫でられるがまま、その腕を見詰めていると、虎徹は苦笑から、いつものにかっとした笑みに顔を変える。
「それが若さってもんだろ。若さゆえの暴走を止めるのだって俺達年長者の仕事なんだよ。おれだって若い頃は無茶もしたし、失敗だって沢山したし、他のヒーローに怒られたし。そんなのを経験して強くなっていけばいい。お前の場合はタイミングが悪すぎただけだ」
 両親の仇と二十年も追ってきた気持ちを抑えられるわけがないだろう。
 けれども、バーナビーは、ジェイクを殺さなかった。――否殺せなかった。状況的には殺すことが可能だったし、それをしても世論はなんらその行為を否定しなかっただろう。
 それでも頭の中で、唯一残った何かが最後の一撃を止めた。
「――頑張ったな。よく耐えた。もう、自分の為に生きていいんだよ」
 頭を撫でられながら、虎徹がそう呟く。
 あぁ、どうしてこの人は、自分にこんなに優しいんだろう。



 


 手を伸ばして、そして触れた指先に縋ってもいいですか。
 あなたを思うことがこんなにも愛しいから。