理由なんていりませんただ好きなんです
〜Riza Hawkeye〜
「ホークアイ中尉」
不意に名を呼ばれ顔を上げると、たった今大佐の執務室に向かったばかりのハボック少尉が
立っていた。
「どうしたの?」
「大佐が居ないんスけど・・・」
紡がれた言葉に、私は片隅にあった予感が的中した事を知った。
「また・・・?」
「さっきまで居たんスけどねぇ・・・」
ハボック少尉の言うとおり、確かに先程までは執務室の窓からスコーンの欠片を鳩達に向け、
投げていた。
私がティータイムに、コーヒーと共に出した物だ。
あれからまだ数分も経っては居ない筈なのに、一体何処に行ったと言うのだろう。
「書類は出来上がっていた?」
「それがまだ何も。捲った様子も無く、綺麗に揃えたまま置いてありました。あれ、中尉が持って
行ったままなんじゃないスか?」
「困ったわね・・・」
壁の時計を見れば、書類の締め切りまでもう数十分しか無い。
「大佐の印が無ければいけないのに・・・」
仕方無く、私は自分の仕事を一旦止め、立ち上がった。
「大佐を探すわよ。観付けたら即確保。解ったわね?」
深い溜息の後、「へーい」と漏らされたハボック少尉の声は、やっぱりこうなるのかと言ったような
様子だった。
私は部屋を出ると、中庭に向かいそこに居る筈のブラックハヤテ号を探した。
「ハヤテ号!」
木陰で眠っているハヤテ号を観付け名を呼べば、ハヤテ号はぴくりと耳を動かしすぐに身を
起こして私の元に駆けて来た。
私を見上げ、何か用かと言ったように尾を振るハヤテ号の前に膝ま付き、私はたった今、出て来る
前に執務室に寄って持って来た大佐の手袋をハヤテ号の鼻先に差し出した。
「大佐を探して頂戴」
ハヤテ号はひと吠えして身を翻し、そうして司令部の外に向かって駆け出して行った。
ハヤテ号を見送り小さく息を付いて、空を見上げる。
ついこの間まで夏の輝きを見せていたと思っていたのに、冷たく張った空気の所為か、何処か
夏の空よりほんの少しくすんで見えた。
「またすぐに寒くなるわね・・・」
思わずぽつりと呟いた私の言葉にまるでそうだと言うように、木枯らしが私の耳元を掠めた。
不意に、風に乗って香ばしいような、甘いような香りが鼻を擽った。
無意識に秋の香りだと、そう思った時、遠くの方からブラックハヤテ号が吠える声が聞こえた。
前方に視線を移せば、ハヤテ号が嬉しそうに隣を歩く大佐にじゃれ付いている。
「こら、よさないか」
何処か楽しそうにも聞こえるその声に、私は自然に顔を綻ばせた。
大佐は私に気付くと空いている手を軽く挙げた。
「書類を放ってどちらに行ってらしたんですか?」
私がそう口を開けば、大佐は右手に持っていた紙袋を私に差し出した。
先程香った、香ばしい香りがする。
「外を眺めていたら焼き栗を売っていたのを見付けてな。どうしても食べたくなったので買って来た。
君も食べるかね?」
全く悪びれる様子も無く、さらりと言ってのけた大佐に、私は溜息を付いた。
「大佐・・・お願いですからちゃんと仕事をしてください・・・」
「心配するな。ちゃんとやっている」
そう言いながら私の横を通り過ぎ掛け、不意に「あぁ、そうだ」と大佐は足を止めた。
「土産だ、中尉」
短く紡ぎ、大佐は私の手の中に何かを置いた。
何だろうかと、大佐に渡された物を観る。
それは青と白の幾つかの小さな花をあしらった髪留めだった。
「君に似合いそうだと思ってね」
笑みを見せ、短く「行くぞ」と言って、大佐はそのままその場を後にした。
「・・・有難うございます」
大佐の背に向かってそう紡げば、大佐は後ろ背に手を挙げて見せた。
私は今付けている髪留めを外し、早速大佐から受け取った髪留めに付け替えた。
「中尉、早く来たまえ。焼き栗が冷めてしまう」
前方で、大佐が声を上げた。
「その前に書類を片付けて下さいね」
私は今まで付けていた髪留めをポケットに仕舞い、大佐を追った。
Fin
作品名:理由なんていりませんただ好きなんです 作家名:ゆの