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never ever

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しとしと降り続く止む事を知らぬ雨をその身に受けながら、彼はひとりどこか遠くを見つめていた。目線の先には行きかう人の波。それらを見やりながら、それらには意識を向けることもなく、ただその場に立ちすくむ。着ている黒いコートは水を吸って色を増し、生来色素の薄い肌は色を失ってひときわ青白い色を見せた。

およぐ目線。雨に濡れる夕暮れのビル街なか、無意識にきしんだ金色の髪を探していることに気づき、彼はおのれを嘲笑った。ここは新宿。男はおのれのテリトリーに彼が居れば躍起になって排除にかかったが、それ以外の場所で彼が何をしてどうなろうとも、男は一向に頓着しなかった。男との鬼ごっこは池袋のなかだけのお話で、彼が池袋を出れば追跡はそこでぴたりと止む。殺す殺す死ね死ねと、剣呑なことばばかりを投げかけるくせに、男が最後まで追いかけてくることはなかった。
地の底まで追いかけてくれれば嬉しいのに、どうしたって男は思うように動いてはくれない。

胡乱な瞳で人の波を追いながら、彼はぼんやりと過去を思う。
――出会いからやり直せたのなら違ったのだろうか。

声を聞いて、視線を交わして、そうして彼に微笑みかけて――そんな穏やかな日が来る事を夢想してきた。おのれが男の世界に受けいられる日を夢に見ていた。
男に憎まれる自分にそんな日は永遠に来るはずもないと知っていた。わかっていた。それでも夢に見た。欲した。名前を呼んで、名前を呼ばれて、そうして他愛のない話をしたかった。あんな死線ではなくて、憎しみと嫌悪ではなくて、ただ当たり前に言葉を交わしていたかった。

どうしてこんなことになったのだろうか。

わからない。男が何を考えているかなんて、昔からずっとわからなかった。あの男には言葉が通じない。話し合うことも出来ない。意味がわからない。ただわかるのは、おのれは蛇蝎のごとく忌み嫌われていることだけだ。

初手を間違えたのだろうか。
間違えたというのなら、では自分はいったいどうすれば良かったのだろうか。

今のように男の憎しみを煽らなければ良かったのだろうか。否、それもない。
初見で拒まれた。あの男は好きではないものを記憶したり関わりあったりはしないから、あのままおとなしくしていれば、彼に「いけすかない人間」として記憶されただけのまま、男の人生に関われなかっただろうと思う。
憎しみが男と彼とを結び付けている。彼が男の人生を引き裂いた分だけ、男は怒り狂い、全力の憎悪を彼へと向けた。そんなものでしか結び付けなかった。それだけが二人にゆるされたコミュニケーションだったのだ。

もちろん暴力は苦しかったし、罵倒はこたえた。だが、そうでもしなければ、男におのれを刻み付けられなど出来なかった。ナイフすら通さぬ鉄面皮に、彼は確かな何かを刻みたかった。肉体に刻めぬならば精神に。たとえ二人のあいだに横たわる感情が憎悪でもよかった。どうせ元よりそこに愛などないのだ。唾棄すべき感情であれ、男がおのれに何かを抱いてくれるのならばそれでよかった。
疎まれることよりも、男のなかにおのれが存在しないことの方が、よほど彼には悲しかった。

男に振り向いて欲しい。どんな感情でもいい。嫌悪でも侮蔑でもいい。男が自分だけを見てくれるのならなんだって良いのだ。それなのに、男は追いかけてきてはくれない。いつだってそうだ。あれだけ呪詛を口にしながら、男は彼を殺しには来ない。男の愛する街に彼が居ることが許せないだけで、本当は彼の生死などどうだっていいのだ。
彼にはそれが我慢ならなかった。幼稚な呪いのことばを投げかけられることよりも、殴られることよりも、男の世界に彼の存在が許されないことが、どうしようもなく悲しかった。

「どうして居ないんだよ」

黒山のひとだかりを一瞥してため息をひとつ。男はいない。いるはずもない。来ないと知っているから、今日も自分から行ったのだ。さみしかった。一緒にいたかった。ただそれだけだった。

そう、会いたかった。だからあの街に行った。いつものように。

「俺を殺してやるんじゃないのかよ」

この街ではきっと会えないけれど、あの街ならば男に会える。出て行けと声をかけられて、避け損なえば死ぬかもしれない暴力をふるわれて、追われて追い返されて。名前も呼ばれることもなく、語り合うことばもない、そんないつも通りの二人でいられるだろう。

また、会いに行けば。あの街に行けば。またいつもように。
そう考えて――膝が、折れた。

「はは……あはははははっ」

笑いたくもないのに勝手にこぼれる声。流したくもないのにあふれ落ちる涙。動かぬ足はアスファルトに抱きとめられて、それでも目線だけは彼を探した。にじむ瞳に映る金色にすがって、写る姿が男ではないと確認するだけの単純作業。無益と知ってなお止められなかった。飽くこともなく自動で作業するこの身が、自分自身がおかしかった。

この俺が何をしているのだろう。なんと無様なのだろう。寒さに凍える肩を抱く指は震えていた。この俺が、この俺が!

男の憎悪は、無関心よりはよほど心地よかった。だからここまで来てしまったのだ。最初のうちならばやり直せたのかもしれなかった。他人と同じ目で見てもらえたのかもしれなかった。優しく暖かな男の世界に入れてもらえたのかもしれなかった。

でも彼は酔ってしまった。出会い頭に拒絶された彼でも、男に憎悪されている限りは男の唯一でいられると気づいて、嬉しくて舞い上がって、それがどういう意味なのかを考えずにきてしまった。

「置いていかないでよ。ひとりにしないでよ」

俺を見てよシズちゃん。ここにいるはずもない名前を口ずさむ。会いたかった。ただただ会いたかった、いますぐここで会いたかった。男はどこにいるのだろう。うずくまったまま、足下に落した視線を街頭に戻して男の姿を探した。怒り狂って彼を探す男を待ちわびた。会いたくて、会いたくて、熱を求めて、熱に浮かされて、ぼんやりとした頭で男の姿を探した。

雨はきっと止まない。男はきっと現れない。そんなことは知っていた。それでも会いたかった。会いたくて、会いたくて、震える肩をおのれでそっと抱いた。雨に凍えた冷たい指先。感覚すらおぼつかなくなったそれに気づくと、彼は再び皮肉げな笑みを浮かべた。男も街もいつも通りだったから、彼もまたいつも通りに笑った。
作品名:never ever 作家名:とど。