あと少しだけこのままで
それは風邪だとかの単なる体の不調ではなく、心の病気。
小さな痛みを伴う大きなその病気の薬はただひとつ、俺の存在なのだと。
いつか消えそうな声でそっと教えてくれた。
臨也は俺に対しては弱いところを見せないように振る舞う。
だからそれは初めて真正面で見えた、脆く崩れそうな臨也の姿だった。
その夜も、突然だった。
深夜もとうに過ぎたころ、玄関の扉が大きな音を立てて開かれた。
すやすや寝ていた俺も流石に目覚めるほどの物音だった。
臨也は仕事上、帰宅が深夜になることが多い。
それでもこんな夜更けになればいつもは音もなく帰ってくるというのに。
むくりと上半身を起こすと、寝室の扉に臨也が立っていた。
電気が点いていないのでよく見えないけれど、ちゃんと臨也だ。
様子がおかしいのはすぐにわかった。
でも俺が名前呼ぶよりも早く、臨也が行動を起こした。
背中に伸ばされた腕は抱きしめた、というよりもしがみついているようだ。
笑えるほど冷たい腕をしていて、幽霊なんじゃないだろうかと思った。
それでもぎゅっと俺の背中を掴む手には確かに力があって。
首を少し動かせば、俺の方に顔をうずめた臨也の黒髪が見える。
怪我でもしたのかと心配したが、今日の臨也からは血のにおいはしなかった。
となると、いつもの病気か、と俺は考えていた。
ゆっくりと腕を回して背中をさすると、臨也の全身から力が抜けたのがわかる。
大きなため息をすぐ近くで聞いた。最後のほうは震えていた気がした。
それでもお前が泣かないのは知っているから、俺は何も言わずに抱きしめた。
「シズちゃん、明日仕事?」
「ん?あぁ、一応朝から」
「ほんと、あは、ごめんね」
口調はびっくりするほどいつも通り。繕っているのか素なのか。
ほんとにこいつはバカなんだよな。頭はいいくせに。
俺はお前のカッコ悪い所なんて一杯見てきたんだから、今さら何を隠す?
弱いところを見せるのって、そんなに悪いことかよ、なぁ、
よほど聞いてやろうかと思ったけれど。
「もうちょっと、このままで」
消え入りそうなその声が今日も俺を黙らせるんだ。
この冷たい腕が暖かくなるまではこのままで居てやるよ。
作品名:あと少しだけこのままで 作家名:しつ