ハガレン短編集【ロイエド前提】
爪切り
ぱちん、ぱちん、と、高めの小さな音が部屋に響く。
横で鋼のが爪を切っている音だ。
爪を切る音はこんなにも心地良い音だったかとふと思い、鋼のを観ると、丁度爪を切り終えた所らしく、
新聞紙に散った爪を屑籠に捨てようとしている所だった。
「終わったのかね?」
「ん?うん。」
鋼のは短く答えると、切った爪だけを屑籠に捨てた。
「大佐の爪も切ってやろうか?」
言いながら、鋼のは爪切りを見せた。
「いや、私は…」
断り掛けて、あぁでも、こんな機会は滅多に無いなと思い直し、口を開く。
「ではお願いしようか。」
「オッケー♪」
鋼のは嬉しそうに声を上げると、私に向き直った。
「手からがいい?足からがいい?」
少し考え、足からにする事にして。
既に蒲団の中に治まっていた足を引っ張りだす。
鋼のは私の足下に体を移動させると、私の爪先に手を添えた。
「大佐の爪って、綺麗だね。」
まじまじと。
私の爪先を観ながら、鋼のが言った。
「そうかね?」
自分の爪など特に観ないし、他人と見比べる事も無い。
自分の爪が綺麗だかそうで無いだかなど、考えた事も無かった。
「だってほら、俺なんか丸くてさ。」
ほら、と、鋼のは自分の爪を見せた。
成程、確かに丸い。
しかし丸いが形は整っていた。
「君らしい爪だな。」
そう言うと、鋼のはほんの少し眉を寄せた。
「何だそれ。」
「別に深い意味は無いよ。」
「ふぅん?」
まぁいいや、と、小さく呟いて、鋼のは私の爪に爪切りを当てがった。
じきに、ぱちん、ぱちん、と、音が響き始める。
爪を切る鋼のの前髪が揺れる様が、何だか少々艶めいたように見えて、私は思わず目を細めた。
「昔、さ。」
不意に鋼のが口を開いた。
「アルと二人で爪切ってたら母さんに怒られてさ。『夜に爪を切っちゃいけません!』って。
何で?って聞いたら何か言われたんだけどさ…忘れちゃった。確か『夜に口笛吹くと蛇が出る』
みたいな事だったと思うんだけど。」
何だったっけ、と、小さく呟くように鋼のは言った。
「そう言えばあったな。私も内容は覚えてはいないが。」
遠い昔の記憶。
今となっては思い出す事は少ない。
「そう言った類いの事は母親が子供に言い聞かせる為に作られた知恵だな。夜に爪を切ると
飛び散った爪は見つけにくい。子供の素足だと踏んでしまったら危ないから、母親は夜に
切るなと言うんだ。何かが出る、と言うと子供は怖がって二度とやろうとはしないからね。」
鋼のは爪を切る手を止めて、私の話を目を丸くしながら聞いていたが、その瞳には感嘆の色が伺えた。
「へぇ…そうなんだ…そう言えばそうだよな…」
本当に、いちいち可愛いのだから。
「アルに教えてやろう♪」
嬉しそうに言いながら、鋼のは再び爪を切り始めた。
ぱちん、ぱちん、ぱちん。
高めの、小さな音。
ふわふわと、揺れる鋼のの前髪。
私はいつか、穏やかなこの光景を、懐かしんで安らぐのだろう。
Fin.
作品名:ハガレン短編集【ロイエド前提】 作家名:ゆの