二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

薔薇の中の薔薇

INDEX|1ページ/1ページ|

 
くずおれて横たわるあなたの姿を見ている。あの女王のような人が、よくもこんな姿をさらしたものだと思う。いつでもかたく留められていた襟元が、いまは無惨に暴かれている。ゆたかな乳房がきわだって黒い影をつくっている。そこにあったはずのものは、もうあたしの手の中に収められていて、だからその場所はひどくからっぽに、空虚に見えた。きれいな巻き毛がこんなに乱れています。じっとりと汗で濡れた額に、栗色の髪が二、三本落ちかかってぺったりと張り付いています。ねえあなた、自分がいまどんなふうだか、気がついていますか。いまどんな気持ちですか。あなたの唇がわなないて、ひとつ苦しげな息を吐く。言葉はそこに、うまく、のらない。
 「樹璃さん」
 呼び掛けてみた。陰りをおびた瞳がこちらを向いた。ああ触れたい、と思って、あたしはかわりにあなたの剣に触れた。刀身をだきしめて、飾り気のない柄に唇を寄せると、あなたは睫毛を震わせて、頭をわずかに持ち上げ、口を開いた。
 「――」
 眉をしかめて、懸命に言葉をつごうとしている。なんだろう。
 「なんですか、樹璃さん」
 「――わたしは」
 ああ、そうですか、あなたの話ですか。
 「わたしは、君が思っているような人間ではないよ……これで、よくわかったろう」
 「あたしがあなたに何を期待していると思ってたんですか」
 あたしの唇はつるりとその言葉を吐き出した。樹璃ははっと目を見開いて口をつぐんだ。
 あたしね、この人の好きなところ、それはもうたくさんありますけど、一番はきっと、こんなふうに滑稽なところです。滑稽なところ。この人こんなになってもまだ、自分は美しいって本気で思っている。自分の美しさ正しさを守らなきゃならないって、そう思っているの。こいつが何かにつけあたしに優しくしてみせるのだって、ほんとうはそのせいなんですよ。おめでたい人。それだからあたしは、優秀な庭師のように、伸び放題の樹璃の自尊心を片っ端からつかまえて、絶えず刈り取ってやらなければならないんだわ――
 (そうして、間引かれた薔薇は、まえよりもいっそう大きい、綺麗な花をつけるんだ)
 あたしはそのことを知っている。
 薔薇の中の薔薇。ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。
 聖母にだってうんと痛い棘があるはずなのだ、それなのに、あなたときたら。
 横たわるあなたに歩み寄る。あなたのうるんだ両目を一瞥する。膝をついて、手を伸ばして、胸元をそっと探ってみる。あなたはわずかに身じろいで視線を逸らし、それでも、抵抗はせずに黙ってあたしの手を受け入れた。
 そこはやっぱりからっぽだった。かすかに上気した、まっさらな小麦色の肌。あたしのなまっちろい肌とは違って血の通った肌。それからやわらかな肉。ただそれだけ。棘を抜いてやったというのに、ひとつの痕も残っていやしない。みにくい穴がくろぐろと空いていればよかったのに。あるいは棘がまだ何本もそこに生えていて、あたしの指をめちゃくちゃに貫いてくれたらよかったのに。
 「樹璃さんは」
 あたしの口がまた、つらつらと自動機械のように動く。
 「きれいですね」
 「――」
 あなたが答えるまえに、あたしは立ち上がって、踵を返した。剣をかかえて背筋を伸ばして、まるであなたみたいに颯爽と歩きながら、部屋を出ていった。
 あたしこれから闘いに行きます。あなたの棘で人を刺しにいきます。あなたが自分では決してできなかったことを、あたし、やってさしあげます。
 あなたのもとへ、あたしがこれを返しにくることは、きっともうないでしょう。
 さようなら。
 
****

アルフォンソ10世編纂「聖母マリア頌歌集」第10番「薔薇の中の薔薇」
http://www.youtube.com/watch?v=gmkNDrj4Cr4&feature=channel_video_title
http://faculty.washington.edu/petersen/alfonso/cant10e.htm
作品名:薔薇の中の薔薇 作家名:中町