犯人は鼠
食べたい、と、思った。
生まれ持ったロボットボディは、仮に全く食事を取らなくても、飢えて死ぬことは無い。が、動物のDNAを取り込んでから、飲み食いによる快感はより生理的なものになっている。
ラットルは、食料庫を丹念に探した。
しかし、諜報員の探索能力を持ってしても、りんごひとつ、チーズのひとかけらさえ、見つからなかった。
棚も冷蔵庫も、全くの空だった。
当たり前だ。それどころではなかった。
コンボイが宇宙へ消えてから、状況は過酷だった。
自分とチータスのメタルス化はあったものの、デストロンも、条件は同じだった。いや。メガトロンがメタルス化したことで、差は大きく開いたと思っていい。
自陣地に落ちたプロトフォームは、助けられなかった……ポッドのシステムが完全に壊れ、スパークは消えてしまっていたのだ。
他に落ちたかもしれないプロトフォームを助けに、タイガトロンとエアラザーは、いってしまった。
戦力はおおいに不足しているのに、ダイノボットは勝手に行動するし、ライノックスは、使い物にならなかったプロトフォームのポッドを船内に持ち込んで、何か作るのに熱中している。
とにかく、自分たちと船を守るのに精一杯だった。
あるうちは気分転換に何か口に入れることもあったが、無くなってしまうと、あってもなくてもいい食料を調達してくる余裕など、まるでなかった。
(何か食べなきゃ)
船内をふらつきながら、ラットルは、猛烈に、食べたかった。
胃の中に何か入れることで、むき出しになってしまったような神経が、少しは休まる気がした。
ひた、と、足が止まった。
司令官室ーーーコンボイの部屋の前だ。
(そういえば、ここには、コンボイ用の小さな冷蔵庫が)
ラットルは、ドアをじっと見つめた。
部屋主の断りも無しに部屋に入るのは気が引ける。
事実、コンボイが消えてから、誰もこの部屋には入っていなかった。
だが。
(……断る屋主は、いないじゃないか!)
そう思うと、ラットルは意を決して、コンボイの部屋のドアに、手をかけた。
ライノックスお手製の小型冷蔵庫は、ベッドの頭のところに備え付けてあった。
だが。
冷蔵庫を開けたラットルは、いきなり後悔した。
冷蔵庫の中には、バナナが一房、美味しそうに冷えていたのだ。
(「帰ってこなかったら……冷蔵庫のバナナちょうだい」)
(「断る」)
最後の会話が、リアルによみがえってきた。
あの時は、コンボイが本当に居なくなるなんて、思っていなかった。
いや、そんなこと、考えるのさえ嫌だった。
だから、あんなことを、言ったのだ。
食欲の代わりに、嘔吐感が襲ってきた。
ラットルは、口元を押さえて、耐えた。
(バナナいらないって言ったのに……)
明かりの消えた部屋に、沈黙が落ちた。
バナナだけが、静かにその存在を主張していた。
バナナを見ていたラットルは、だが、突如、激情に駆られた。
これを、食べなくては!
どんなに気持ちが悪くとも。どんなに吐き気がしようとも。
(コンボイは、いないんだから)
ラットルは、自分の心に刻み付けるように、考えた。
今自分が食べなければ、このバナナは、一体誰が食べるというんだ?
ラットルは、冷蔵庫に鎮座しているバナナを取り出すと、皮を剥いてかぶりついた。
茶色い斑点の浮かんだバナナは、ラットルには、甘過ぎだった。ラットルは、バナナならもっと若くて酸っぱい方が、好みだった。
それでも、無我夢中で、食べた。
この甘ったるい味を喜ぶ司令官は、もう、居ないのだ。
そう言い聞かせながら、ラットルは、腹の中にバナナを収め続けた。
後日。
「あの時『やだよ』っていったのに、冷蔵庫のバナナが無くなっているじゃないか!」
ラットルは、生命の危機を感じた。
だから、最後まで、しらばっくれた。