@office.
プロローグ
「報告は以上です、音声ファイルその他証拠はこちらに。何でしたら獄寺隼人とアルコバレーノにも同じものを」
「いや、これを回すからいいよ・・・・・・・・・・そうだな、」
深夜に聞く馴染んだ声は、酒を数滴落とした紅茶のようだと思う。安らぎと高揚を、当分にもたらしてくれる。
一応未だ敵を名乗る男に、それを伝えたところで眉を顰めるだけだろうか、綱吉は判りきった自問自答と、今為された報告への判断を脳味噌の表裏で同時に進行させる。・・・・・その程度の芸は、滑稽な腹芸は、否応なく身についてしまった。
「一応牽制くらいはしておくべき、なんだろうね。何か起こってからより今動いた方が傷が浅い。獄寺くんにも意見を聞くよ」
「おや、直接見聞きしてきた僕の見解はどうでも良いと?」
仕事の精度において期待を裏切ったことのない男の意見は、まあ一般論に照らせば尤もなご意見であろう。
わざわざ偵察に幹部の一人を差し向けて、丁稚同様の扱いというのも普通失礼だ、しかし。
事この男に限って言うなら、一々聞いていた日には同盟が全滅してしまう。
「どうせ疑わしきは潰せ、でしょ。お前の場合さ」
「クフ、よくわかっていらっしゃる。マフィアのボスらしくなってきたじゃないですか、沢田綱吉」
皮肉の棘が痛いと思わなくなってきたことこそ、痛い。むしろ音楽的ともいえる声を、まだ聞いていたい。
神様にウイットというものがあるならばそれを体現しているような男だと思う。悪夢のようにうつくしい外側に、壊れた中身。
それでも、言葉遊びのような会話を、ないよりましだと思ってしまう程度には、綱吉は霧を気に入っている。
「うん、誰も逃がしちゃくれないからね」
「僕に縋れば逃がしてあげますよ?」
「俺が要らないのは椅子と指輪だけで、体はまだ惜しいから遠慮しとく」
「おやそうですか、では論外です。君の体とボンゴレの座だけならもう要りませんから」
「そりゃ最終目標が世界大戦なら全然不足だろうな」
「ええ、全然足りません。君が振り向かないのなら世界の終焉くらい見ないと溜飲が下がりませんからね」
「は?」
夜遅くの、いきなり方向のズレた話に一瞬、回転が遅れた。
「では、この件の正式な対処が決まりましたらご一報ください、ボンゴレ。――――どうせ僕が君を好きなことなど、知らなかったでしょう」
捨て台詞の口調で、しかし言われたことはといえばあからさまな。
綱吉は、まわらない自分の頭を必死に脅しつける。フリーズしてる場合じゃない。これはターニングポイントだ、何か言え。
「待て。・・・・待って、骸」
ヴォナノッテ、と言って立ち去ろうとする男を引き止めるべく、綱吉は背中側から彼の両腕を捕える。
奇しくも10年前、己が攻撃を封じられたときと逆の体制だった。
「てっきり、俺、お前、俺なんか嫌いだろうって」
「大っ嫌いですよ、特にその甘さ。僕以外に向けられたらその対象を嬲り殺したくなります」
「ちょ・・・・・本当に俺が好きなのお前」
「情けなくて死にたくなるくらい好きですよ。まったく、我ながらどうかしている。男というだけで吐き気がするのにマフィアだなんて」
骸は唐突に言葉を切った。
告白した先、つまりは背後から殺気染みた気迫を感じる。
「骸、嘘とか冗談とかだったらタチが悪すぎるぞ」
ハイパーモード限定のドスの利いた確認に、苛立ったような乱暴な嘆息をひとつ、返す。
「僕は君が本気で好きですよ。ずっと前から大好きです。他に取られるくらいなら契約しようと何度思ったか・・・もういいでしょう、離して下さい」
ボンゴレのボスは多分初めて、部下の言葉を無視した。骸の正面へ回り、両腕を押さえ、炎の失せた紅潮した顔で見上げてくる。
「お前さ、俺と付き合う?」
「・・・・・・・・・は?」
歴史は夜動く。色恋沙汰もまた然り。
地雷原での障害物競走めいた恋路の幕開けだった。