都々逸
「やっほーシズちゃん久しぶり!会いたかった?俺は会いたかったよ。そして君の肌が恋しくなったよ。あ、こういった方がいいのかな?
『シーズちゃん、セックスしよ』!なんてね。ふふっ。無知なシズちゃんには、記憶力の悪いシズちゃんには分かんないかな?少し前に流行ったドラマのセリフだよーああ、俺は永遠の21歳だから当時はリアルタイムじゃないわけだけど、俺は素敵で無敵な情報屋さんだからね。時代なんて関係なくとも知識として知っている訳さ!」
「うぜえ」
「そんなこといって寂しかったくせにー」
痛い奴に会ってしまった。持っていた空き缶がみしみしと音を立てる
しかしそんな感想を抱かせる相手、ノミ蟲こと折原臨也と俺は体の関係、いわゆるセフレなのが最も痛々しい事実なのだった。
その事実を言ったときはまるで晴天の霹靂、天変地異でも起こるんじゃないか、明日降るのは雹か槍かはたまた女の子でも降ってくるのか
まあ僕にはセルティがいるけどね、とおなじみの文句をいいながら新羅はコーヒーをすすっていた
「それにしてもなんでそんなことになったのさ?たちの悪いカラーギャングに拉致されて命の危機に瀕したところを臨也に助けられたとか?」
「そんなことされても俺は何とも思わねえしそもそも拉致されるようなヘマはしねえよ」
「ま、そうだろうね。じゃあなんで?」
「別に、好奇心ってやつだ」
「静雄は童貞だもんねえ」
「殺すぞ」
「ごめん」
本当は違った、無理矢理犯された。人気のいない教室で、不意をつかれたのだ。薬を打たれ、ビデオを撮られ、ばらまかれたくなかったら俺の相手をしてよ、といわれ最初こそ嫌々だったのだが、結局の所端的に言ってしまえば気持ちがよかったのは事実で、脅しがなくなった今でもそのままずるずると付き合うようになったのだった。卒業し、就職し、中年と呼ばれるようになったいまでもその関係は続いている。
久しぶりに会って、朝食を作っていたらエプロンが性的だと押し倒されて、気がつけば陽がすっかり暮れていた。ニュースがようやく一日の出来事に付いて話すようになった頃に
「おなかすいた」と臨也が指をかじりながら言った
「さっきで冷蔵庫空にしちまったからな。どっか食いにいくか?」
「めんどくさい」
「じゃあ何か買ってくるから待ってろよ」
「いかないで」
「お前…」
何も纏わない肌をぴったりとすり寄せ、ぎゅうと抱きついてきて、その振る舞いに
愛おしいと思ってしまうのは単に肌寒い気温だからだろうか。
「猫被りすんな。きめえ」
「えー結構好評なんだけどなー。まあ波江とかには同じ反応されるけどね」
猫のようだ、と思う。正確には猫の皮をかぶった獣であると。
暗く広い深淵が口を開けておいでおいでをしている。一度はまると二度と出られないような甘い蜜の香りを漂わせ、深海に住むアンコウのように血のように赤い光をゆらゆらと煌めかせ、餌が口にはいるまで息を殺してジッっと機会を伺っている。
折原臨也という男はそういう人間だ。
それでもその赤い目で火を点したのは確かだった。あるいは望んでその悪魔ののど笛に身を投げ入れたのかもしれない。
そんなことを考えていたら携帯電話がのランプが光り、メールの着信を知らせた。
「誰?」
「あ?」
「他の男なの?それとも女?」
臨也の目がするどく光る。ああ、また獣が牙を見せている。
男だったら、女だったら何だって言うんだ。そう言ってつっぱねてやろうと思ったが、必死な形相に満足したのでやめる。それにこの男に変な嫉妬を焼かせると大変なのはこっちのほうだ
「…幽からだ」
そう言って臨也に携帯を渡す
「ふん、相変わらず気持ち悪いブラコンを発揮しているわけだ」
「家族だから大切にして当たり前だろ」
「シズちゃんのそれは狂気すら感じるよ」
機嫌がいいのは分かるので言わせたいだけ言わせておく
「…俺の知らないところで」
携帯を握りしめながら臨也は言う
「シズちゃんはきっと違う顔を見せるんだろうねえ」
「なんだよ、それ」
お前だって、と言いそうになる。お前だって、俺の知らない所で、知らない誰かと、その饒舌な舌先で愛や毒を囁くんじゃないか。
臨也は俺を抱きに来ているが、俺以外にもいろんな相手がいるのを知ってる。そして俺に対するのと同じように、あるいは俺以上に優しく接するのだろう。
考えるだけで喉が焼けそうになる。
俺はいつだって細い指が触れるたび、赤い舌でしゃぶるたびに声を上げそうになる。にたにたと蛇のようにゆがめる顔がたまに慈しみで綻んだ時、いたずらに愛を囁く度に胸がちぎれそうになる。こんな大のいい年の男が。あの制約がなくとも俺はきっとこの男に身を捧げていたんじゃないかと思う。縛りなんてなくとも、絆されていたんじゃないか、そう思うと恐怖に身が竦む。
臨也は俺の事を何度も「化け物」と称するが、この男の前ではとっくになす術もない哀れな生き物になっている事を知らない。乱暴な言葉を並べるフリして臨也の一挙一動に恋慕しているのを必死で隠しているのを。知る由もないのだ。
「シズちゃん?」
「お前だって詮索されるの嫌がってるじゃねえか」
「まー好きでもないセフレとかに言われるのは心底うざいよねえ」
「たまには相手の気持ちも考えろつってんだよ」
「ほんとうにどうしたの?シズちゃん」
そう言って臨也は驚いたように顔をうかがってくる。静雄はバツが悪くなって顔をそらした
「…年をとると心穏やかに過ごしたいんだよ」
「そう」
「手前は違うのかよ」
安定か、動乱か。
「転がる石には苔はつかない、俺はこれをアメリカ流に解釈する。つまり、安生は崩壊の始まりなのさ。」
「難しい言葉ばかりつかってんじゃねえよ」
臨也はいつだって俺の知らない事を、知らない言葉を使う。あてつけのように。
まるで知る必要などないと言っているように。
「君は知らない事ばかりだねえ。年なのに。」
「うっせ」
「そっちこそ言葉が足らないくせに。ま、つまりシズちゃんはこんな火遊びみたいなこといつまでも続けたくはないってことだろう」
「…分かってんじゃねえか」
またこいつは核心をつく。全てを見透かしてくる。
もう嫌だ、胸が痛くなりどうしようもなく泣きたくなる堪え難くなる。
俺はいつだって離れて楽になりたいと願っていても上手く言葉にできない。詩人になれたらな、とぼんやりと思った
「三千世界の、」
「あ?」
静雄の方に頭を預けながら臨也が歌うように言った
「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝をしてみたい」
「どういう意味だ。それ」
なんとなくは分かるが細かい所はよく分からない
「無知なシズちゃんには分からないさ」
「んだよ。またそれかよ」
「つまりは君がため、惜しからざりし、命さへってね。そう言っても今の君は何も解さないだろうけどね。知ってるよ。だから俺はいえるのさ。だから俺は坂をごろごろ転がれるのさ。シーソーゲームをチキンレースを楽しめるんだよ、シズちゃん。君が、少しだけ利口になって、勘が鋭くなりでもしたらきっと俺は絶対に勝てないってことさ。俺に勝ったところで君が世界一幸せになるかは知らないけどね。」
「なんだよ、それ」
「さあね。ね、シズちゃん。せいぜいお馬鹿な君でいてくれよ」
『シーズちゃん、セックスしよ』!なんてね。ふふっ。無知なシズちゃんには、記憶力の悪いシズちゃんには分かんないかな?少し前に流行ったドラマのセリフだよーああ、俺は永遠の21歳だから当時はリアルタイムじゃないわけだけど、俺は素敵で無敵な情報屋さんだからね。時代なんて関係なくとも知識として知っている訳さ!」
「うぜえ」
「そんなこといって寂しかったくせにー」
痛い奴に会ってしまった。持っていた空き缶がみしみしと音を立てる
しかしそんな感想を抱かせる相手、ノミ蟲こと折原臨也と俺は体の関係、いわゆるセフレなのが最も痛々しい事実なのだった。
その事実を言ったときはまるで晴天の霹靂、天変地異でも起こるんじゃないか、明日降るのは雹か槍かはたまた女の子でも降ってくるのか
まあ僕にはセルティがいるけどね、とおなじみの文句をいいながら新羅はコーヒーをすすっていた
「それにしてもなんでそんなことになったのさ?たちの悪いカラーギャングに拉致されて命の危機に瀕したところを臨也に助けられたとか?」
「そんなことされても俺は何とも思わねえしそもそも拉致されるようなヘマはしねえよ」
「ま、そうだろうね。じゃあなんで?」
「別に、好奇心ってやつだ」
「静雄は童貞だもんねえ」
「殺すぞ」
「ごめん」
本当は違った、無理矢理犯された。人気のいない教室で、不意をつかれたのだ。薬を打たれ、ビデオを撮られ、ばらまかれたくなかったら俺の相手をしてよ、といわれ最初こそ嫌々だったのだが、結局の所端的に言ってしまえば気持ちがよかったのは事実で、脅しがなくなった今でもそのままずるずると付き合うようになったのだった。卒業し、就職し、中年と呼ばれるようになったいまでもその関係は続いている。
久しぶりに会って、朝食を作っていたらエプロンが性的だと押し倒されて、気がつけば陽がすっかり暮れていた。ニュースがようやく一日の出来事に付いて話すようになった頃に
「おなかすいた」と臨也が指をかじりながら言った
「さっきで冷蔵庫空にしちまったからな。どっか食いにいくか?」
「めんどくさい」
「じゃあ何か買ってくるから待ってろよ」
「いかないで」
「お前…」
何も纏わない肌をぴったりとすり寄せ、ぎゅうと抱きついてきて、その振る舞いに
愛おしいと思ってしまうのは単に肌寒い気温だからだろうか。
「猫被りすんな。きめえ」
「えー結構好評なんだけどなー。まあ波江とかには同じ反応されるけどね」
猫のようだ、と思う。正確には猫の皮をかぶった獣であると。
暗く広い深淵が口を開けておいでおいでをしている。一度はまると二度と出られないような甘い蜜の香りを漂わせ、深海に住むアンコウのように血のように赤い光をゆらゆらと煌めかせ、餌が口にはいるまで息を殺してジッっと機会を伺っている。
折原臨也という男はそういう人間だ。
それでもその赤い目で火を点したのは確かだった。あるいは望んでその悪魔ののど笛に身を投げ入れたのかもしれない。
そんなことを考えていたら携帯電話がのランプが光り、メールの着信を知らせた。
「誰?」
「あ?」
「他の男なの?それとも女?」
臨也の目がするどく光る。ああ、また獣が牙を見せている。
男だったら、女だったら何だって言うんだ。そう言ってつっぱねてやろうと思ったが、必死な形相に満足したのでやめる。それにこの男に変な嫉妬を焼かせると大変なのはこっちのほうだ
「…幽からだ」
そう言って臨也に携帯を渡す
「ふん、相変わらず気持ち悪いブラコンを発揮しているわけだ」
「家族だから大切にして当たり前だろ」
「シズちゃんのそれは狂気すら感じるよ」
機嫌がいいのは分かるので言わせたいだけ言わせておく
「…俺の知らないところで」
携帯を握りしめながら臨也は言う
「シズちゃんはきっと違う顔を見せるんだろうねえ」
「なんだよ、それ」
お前だって、と言いそうになる。お前だって、俺の知らない所で、知らない誰かと、その饒舌な舌先で愛や毒を囁くんじゃないか。
臨也は俺を抱きに来ているが、俺以外にもいろんな相手がいるのを知ってる。そして俺に対するのと同じように、あるいは俺以上に優しく接するのだろう。
考えるだけで喉が焼けそうになる。
俺はいつだって細い指が触れるたび、赤い舌でしゃぶるたびに声を上げそうになる。にたにたと蛇のようにゆがめる顔がたまに慈しみで綻んだ時、いたずらに愛を囁く度に胸がちぎれそうになる。こんな大のいい年の男が。あの制約がなくとも俺はきっとこの男に身を捧げていたんじゃないかと思う。縛りなんてなくとも、絆されていたんじゃないか、そう思うと恐怖に身が竦む。
臨也は俺の事を何度も「化け物」と称するが、この男の前ではとっくになす術もない哀れな生き物になっている事を知らない。乱暴な言葉を並べるフリして臨也の一挙一動に恋慕しているのを必死で隠しているのを。知る由もないのだ。
「シズちゃん?」
「お前だって詮索されるの嫌がってるじゃねえか」
「まー好きでもないセフレとかに言われるのは心底うざいよねえ」
「たまには相手の気持ちも考えろつってんだよ」
「ほんとうにどうしたの?シズちゃん」
そう言って臨也は驚いたように顔をうかがってくる。静雄はバツが悪くなって顔をそらした
「…年をとると心穏やかに過ごしたいんだよ」
「そう」
「手前は違うのかよ」
安定か、動乱か。
「転がる石には苔はつかない、俺はこれをアメリカ流に解釈する。つまり、安生は崩壊の始まりなのさ。」
「難しい言葉ばかりつかってんじゃねえよ」
臨也はいつだって俺の知らない事を、知らない言葉を使う。あてつけのように。
まるで知る必要などないと言っているように。
「君は知らない事ばかりだねえ。年なのに。」
「うっせ」
「そっちこそ言葉が足らないくせに。ま、つまりシズちゃんはこんな火遊びみたいなこといつまでも続けたくはないってことだろう」
「…分かってんじゃねえか」
またこいつは核心をつく。全てを見透かしてくる。
もう嫌だ、胸が痛くなりどうしようもなく泣きたくなる堪え難くなる。
俺はいつだって離れて楽になりたいと願っていても上手く言葉にできない。詩人になれたらな、とぼんやりと思った
「三千世界の、」
「あ?」
静雄の方に頭を預けながら臨也が歌うように言った
「三千世界の鴉を殺し、主と朝寝をしてみたい」
「どういう意味だ。それ」
なんとなくは分かるが細かい所はよく分からない
「無知なシズちゃんには分からないさ」
「んだよ。またそれかよ」
「つまりは君がため、惜しからざりし、命さへってね。そう言っても今の君は何も解さないだろうけどね。知ってるよ。だから俺はいえるのさ。だから俺は坂をごろごろ転がれるのさ。シーソーゲームをチキンレースを楽しめるんだよ、シズちゃん。君が、少しだけ利口になって、勘が鋭くなりでもしたらきっと俺は絶対に勝てないってことさ。俺に勝ったところで君が世界一幸せになるかは知らないけどね。」
「なんだよ、それ」
「さあね。ね、シズちゃん。せいぜいお馬鹿な君でいてくれよ」