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いつもの味

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「うわっ、くせぇ! なんだコレ!?」
 いくつかあるうちのひとつのビニール袋のにおいを嗅いだとたん、燐の口から漏れたのはこの言葉だった。
「おい、雪男! なにコレ?」
 振り向いた雪男は、自分の机の上に雪男の持っていた薬草……祓魔屋などで手に入れた乾燥ハーブの類……を広げていた燐のもとに慌てて駆け寄る。
「あーあ、だから開けちゃいけないって言ったじゃないか、兄さん! 何を聞いてるんだ」
「においも嗅がずに、どうやって目当てのモン見つけろって言うんだよ!」
「いや、だから、教えたじゃないか、授業で。きちんと覚えてないのは兄さんの勉強量が足りないからだ」
「覚えてるよ。ペッパーだろ、ガーリックだろ、ナツメグだろ、ガラムマサラだろ……」
「そんなことは教えていない。兄さん、それは料理に使う香辛料だろ。まったく……全然違うとは言わないけど……」
 『それにしたって』と雪男が嘆く。
「だから、教えたっつっても、こんなどれも枯れ葉みたいなやつ、見ただけじゃわかんねぇよ! 確認しなきゃなんねぇだろが。ほら! 料理に使うのに!!」
 唇をとがらせてそう反論する。『開けるな』と、口を酸っぱくして言われていたのに、つい開けてしまったのは、悪かったと思っているのだ、一応。だから、わかりやすく怒っている弟に対して、少し怯んで上目遣いになる。
 雪男は腰に手を当てて、はあ、と大きなため息を吐く。
「くさいって? どれ?」
「……コレだけど」
 おずおずとひとつの袋をつまんで差し出す。燐には他とまったく同じように見える、細かくされた茶色い葉の入ったそれ。
「ああ……マジョラムだ、それ」
「魔女? ラム? ……肉?」
「習ったのに、名前からしてまったく覚えてないとか、それ……!」
 真面目な弟の怒りがふつふつとこみあげてきているのを見て、燐は態度を改めた。
 わからないことを尋ねる素直な生徒に早変わり。
「なんだっけ」
「あーもう! スイート・マジョラム! 一般的にはマヨラナ!!  悪魔や魔女を追いはらうのに使う。ゴブリンとかにも効く。……兄さんは、覚えてなくちゃ駄目だよ」
 燐はそろりそろりと袋を机に置く。
 叱られたことよりも、その内容にうなだれて。
 それを見て、雪男は声をやわらげ、明るく言う。
「なに探してるの? やっぱり、僕が手伝ってあげようか、兄さん」
 ちょっと変わった料理を作りたい、メニューを広げたいからと、買うと高い香草の類をもしや雪男が持ってやしないかと……いつもいろいろ持っているので……尋ねたところ、『料理に使えるハーブならこの辺かな』と、小分けしてビニール袋に入れられたものを出してきた。それを燐は見て選んでいたのだ。
 それほどではないとはいえ、燐にとっては危険なものもあるからと、『決してむやみに袋を開けないこと』と雪男には注意されていた。
 燐は口ごもってから、きっぱりと言った。
「……いや、やっぱいい!」
「ええ?」
 にかっと笑う燐に、雪男がきょとんとして、眉をひそめる。
「どうして……」
 一生懸命笑顔を作って、燐は明るい調子で、まるで浮かれたようにはずんだ声で話した。
「いや、なんかさー、学食のメニューみたいな、ちょこーっとオシャレなやつ作ろうかと思ってたんだ。けど、俺ムリだな! イタリアンとか、すっげーソレ使うし!」
 ソレ、とは、机に広げられたもののこと。そう、雪男が持っているということは、それは祓魔に使うものなのだ。
 ああ……と納得して雪男はうなずく。
「残念だな。兄さんのメニューが増えなくて。兄さんの手料理なら食べてみたい……。イタリアンとか、似合わなくて」
「こら、雪男」
「どんな顔して作るの?」
「どんなって……」
 あからさまにからかわれ、燐はむっとして、ひょこんひょこんと尻尾を振りながら、いらいらと歯をむき出しにする。
「こんな顔だよ!」
 雪男がぶふっとふき出し、口元を手で覆い隠す。
「笑ったな!」
「フレンチとかイタリアンとか本当似合わない……。兄さんには、いつもの家庭料理が一番似合うよ。美味しいし……」
「へっ?」
 燐がきょとんとする。
 雪男は真っ赤になった頬に手を移動させ、うつむいて顔を隠そうとする。
「今、おまえ何つった?」
 燐の尻尾の揺れが激しく大きくなる。顔には満面の笑みが。
「もう、だから……」
 仕方なしに繰り返そうとした雪男の声が途中で消える。手のすきまから、心底嬉しそうな、ぱっと明るい輝く笑顔を見やって。ほう、という吐息に変わる。
 そして、雪男はぷいっとそっぽを向いた。
「せっかく薬草を出したんだから、料理に使わないなら、これからそれで勉強しようか?」
「げっ」
 にやにや緩みまくりだった燐の顔が強張る。
「復習に使おうよ。兄さんは全然覚えてないみたいだから」
「そんなぁっ」
「僕も付き合うよ」
「さっきまで課題やっててこれからまた復習とか鬼かおまえ!」
 本気で嘆いている兄を眺めて、雪男は満足そうな笑みを浮かべる。

 そこには、さっきまでのカゲはもうなかった。





作品名:いつもの味 作家名:野村弥広